「使い物にならん・・・次・・。」

「はい。おい、次入れ、その男は片付けておけ。」

シトシトと雨の降りしきる中、俺は昔住んでいた
この薄汚い町で、悪党狩りに精を出していた。
「狩る」といっても仲間を募集しているだけで
その言い方は少し可笑しいかもしれないな。
しかし、こうして見ると過去に脅威だった連中も
実際はたいしたことがない奴ばかりだと知って少し残念だ。
ここの連中も俺の親父と同じで、下種なだけの集まり
だったようだ。

俺の部下が死体を運んでいくのを見た、奴らの仲間
どもの半数が慌てて店から逃げるように出て行く。

「追いかけましょうか?」

俺の傍にいる部下が逃げた奴らを見ながら尋ねる。

「構わん。放っておけ。他言無用だと
 釘をさしておいたのだろう?」

「はぁ・・・しかし口の軽い奴らですから。」

「バカでも我が身の大事さくらい判るだろう。」

俺は窓から、まるで転がるように逃げていく奴らを目で追う。

使い物にならん下種どもめ。

俺が欲しいのは悪党で、下種ではない。
下種は馬鹿が多いが、悪党は利口なものが多い。
なぜなら、この世の中の「金持ち」と言われる人種は
殆どが「悪党」が成り上がったもので出来上がっているからだ。
真面目に努力して、その地位と財産を手に入れた等と
いっている奴らはほんの一握りしかいない。
そんな奴らに俺は一言言ってやりたいものだ。
お前らの恵まれた今の地位も財産も
努力や真面目な生き様のせいではないと。
ただ「ツイていた」だけだと。

かつて俺も悪党の一人だった。
泥沼から這い上がり、何としてでも地位と名誉と財産を
我が物にしてみせると。
全ては上手くいくはずだったのに、事の外目の前の
障害が大きすぎたのは予定外だった。


【勝利者 前編】


(ジョジョ・・・。)

俺は何気に首のキズを触る。
これで致命傷を与えられのは何度目だろうか。
時間がたてばいつの間にか治っていたキズも
これだけはいくら時間をかけても、いくら贄を吸収
しても治らない。

あの時はさすがに最後だと覚悟をしていた。
しかし俺は奇跡の回復をとげ、今ここにこうして
いるわけだ。 

神か悪魔かは知らないがまだ、諦めるなと
背中を押してくれているようだ。

だが・・・

俺は窓に手を当て誰も歩いていない道を
じっと見つめる。

後、何回俺は屈辱を味わえば勝てるのだ?
正直なところ、気分はくさくさしているものの、
あいつに対する怒りは以前より湧いて来ない。
だがそれが何故だか判らない。
もう関わりたくないと思っているのだろうか。
自分の野望の邪魔になっているあいつを
鬱陶しく思っているのだろうか。

だが、それは違う。それなら俺は何故
あいつと戦う事を望む?
今仲間を増やしているのも奴と戦うため。

あいつと会うと気分がなぜ高揚する?
あいつが他の誰かと戦っている時でも
あいつの顔が頭から離れない。

あいつに執着している?あいつに好意を抱いている?

そんなわけあるはずない。俺は必ずそれを否定する。

しかしもう一人の俺が質問をしてくる。

それなら何故早く殺さない?
殺す隙など山ほどあったのに。

『なあ、本当のお前の気持ちはどうなんだ?』

前とは変わらない。殺したいだけだ。

『本当に前と同じだな。そしてまた「お前が」
 殺される。もうそろそろ「後」がなくなるぞ。』

・・・・・。

『悪の味方のサタンだってそろそろお前を見放すよ。』

俺は・・・やり方を・・変えない。

ダン・・・と俺が壁を叩く音に、部下達が顔を上げる。
俺は奴らには顔を向けずにそのまま短く告げる。

「少し休憩だ。ここは空気が悪い、外の空気を
 吸ってくる。」

「はっ。奴らは待たしておきますので心行くまで
 ご休憩なさってください。」

俺は雨避けのフードを被ると階段を下りていき、
裏口のドアを開ける。

外はまだ昼だと言うのに薄暗い。
雨が降っているから当然だ。それに雨でも降って
空が曇っていない限り俺は日中は外には出られない。
闇に生きるものとしては似合いだな。

そうだ。俺は闇の住人だ。今更「人」のように
情けなどかけないし、貰わない。
歯向うものには死をあたえるだけだし、
邪魔になるものは幼い命でも踏み潰す。
懸命に生きる命をあざ笑い、綺麗な魂は汚す。
例えそれに意味があろうがなかろうが。

ふと店の二、三軒先から何か揉める声がする。
下らん。どうせカスどものケンカだろう。
しかし、耳に懐かしく聞いたことのある声が、
俺の注意をひきつけた。

「何をするんだ!!このお金はお前達の為の
 物じゃないんだぞ!!」

「何を!!えらそうにこのクソガキが!!
 いいとこのボンボンだからってお高く
 とまんじゃねぇ!!」

「どうせ、恵まれない人のための募金なんだろう?
 なら、恵まれない俺達に寄越せっていってるのが
 何が悪いんだよ!」

どうやら、一人は少年で、後の二人はそこ等辺の
ゴロツキらしい。どこでもある光景だ。
無視しても良いが、少年の声がある男に酷似している
のがどうしても気になる。
俺が昔から聞き続けて耳から離れない、懐かしいあの声に。

(ガキの頃の・・・ジョジョ?)

しかし、冷静に考えてそんなことがあるわけがない。
それに声が似ているといっても
そんな人間なんて世界中にどれだけいることか。

周りからは冷やかす声と、物珍しそうに窓から覗くものがいるが
誰も助けようとはしない。当然だ。ここはそう言う町だ。
そして俺もあのガキを助けようとは思わない。

俺は別にあのゴロツキどもの味方ではないが、正義感ぶっている
ガキはどうにも好きになれない。正義感だけで
何とかなると思っている奴らは、せいぜい痛い目にあって
現実を見るといい。どうやらいいところのガキのようだから
袋叩きに会うだろうな。
しかし、奴らが悪党なら捕まえて「金」代わりにするだろう。
さて、あのゴロツキどもはどっちなのか、見物してみよう。

「イテぇ!!このガキ噛み付きやがった!」

腕に噛み付いたガキの後ろ襟首を仲間が思い切り引っ張り
地面に叩き付ける。

激しい音とともに、白い箱がガキの手からするりと抜け、
けたたましい金属音を響かせ、小銭と札が地面にバラ撒かれる。

「ああっ!お金が・・・」

「へー結構あるじゃん。どれ・・・一枚二枚・・・
 あん?こんな小銭は別にいらねーよ!」

そういうとゴロツキは出来るだけ高価な札と
銭だけを拾い集め、一粒の飴しか買えない小銭を
足で蹴飛ばした。

ガキは何を思ったのか、その泥で汚れた小銭を
一生懸命かき集めて自分の高そうな服で拭いた。
それを見たごろつきが目の色をかえる。

「おい、こいついい服きてんじゃん!」

「ついでだ、それも恵んでもらえ。」

もう一人の仲間が拾った金を勘定しながら
指図する。その時丁度雨避けのフードが取れ
ガキの顔が明らかになる。

「・・・なに・・・?」

思わず声が出る。それもその筈であの髪型、
髪の色、瞳の色そして怒りに燃えたあの表情、
余りにも似すぎていたのだ。
あれはまるで双子か・・・本人かと思うほどに。

「なんだぁ?その面は?僕怒るよってか?
 ははは、・・・生意気なんだよ・・・
 このクソガ・・・・」

自分を怯みもせず睨んでいるガキを見て
不快に感じたのかゴロツキが拳を上げる。
しかしそれを振り落とすことはできない。

それどころかゴロツキの顔が思わず歪む。
振り上げた拳から嫌な音が鳴った。

「が!!いてぇ!!!」

ゴロツキが手首を押さえて蹲る。それに驚いた
仲間がこっちを慌てて伺う。

「おい!どうした・・なんだてめ・・・!!」

金を勘定していたゴロツキが一瞬睨むも
直ぐ俺の顔を見て、その表情を一変させる。

「あ・・・貴方でしたか・・いえ・・・その
 このガ・・いや、この子は弟さんか知り合いかなんかで?
 ち・・違うんですよ。この坊やがお金を落としたんで
 拾ってあげたんで・・ほら、坊や、ちゃんとあったよ。
 そ・・それでは!!」

慌ててガキに金を渡すと仲間の存在も忘れて逃げていく。
俺が仲間の手首を離すと、残された仲間も命乞いをしながら
脱兎の如く逃げていった。
俺には見覚えないが、さっきの奴の口ぶりからすると
悪党狩りで「仲間」になることを放棄した奴らだろう。

「つまんねーの」

「かっこいいねー兄さん!!」

周りから賛否の入り混じる野次がはいる。
それを無視しながら
俺はガキに近づき、立ち上がるのを手伝ってやる。

「・・・あの・・・。」

「気にしなくていい。ああいう奴らは許せないのでな。」

「あ・・ありがとうございます!」

俺はさりげなく気を使って答えると
ガキがぎこちなくお礼を言う

ああ、似ているな。
そっくりだ。
昔の奴なら同情する言葉に対しての
礼は素直に言わないだろう。


興味がある。

少しこいつと話がしたい。
こいつがどこまであいつと似ているのか。

『それで?似ていたらどうする?』

もう一人の俺が尋ねる。

『愉しんだらどうだ?・・・憎い奴に
 そっくりなこいつを相手にして。』

「もう一人の自分らしい提案」に何故か
俺は反論する気にはらなかった。


そうだな、少なくとも今ある自分は
そうあるべきなのかもしれない。
意味などなくていい。

理由は「奴に似ていたから。」。


「お兄さんは、お・・お名前は?・・あ、失礼
 自分から名乗るのが流儀だってよく、父さんにも
 友達にも言われているのに・・・。」

俺がずっと黙っているのが気になったのか
相変わらずぎこちない、気を使ったような
喋り方をして俺にぺこりと頭を下げる。

「ぼくは・・・」

「いいんだ。じつは俺も名乗れないから・・・。」

否定をしておいて、ふと思う。
何故否定をしたのか自分でも判らない。
名前くらい聞いても良かったのに、自分の名を
名乗らなきゃいけないからだろうか。

いや、嫌なら偽名を使えばいいだけのことだし
本当の名を言ったころで何が
まずいとでも言うのだろうか。何を恐れている?
何故俺は言わなかった・・・聞かなかった?

「?」

ガキがいぶかしげな顔をする。
当然だろうな、こいつの性格では。

・・・こいつ?なぜ俺は勝手にこのガキをジョジョだと
思い込んでるんだ?いくら似ているといっても
そんなことありえないことなのに。

俺はとにかく気を直して、困ったフリをして謝る。

「・・・許してくれるかい?」

「・・・うん。そういえば友達もこの町には
 名乗れない人が一杯いるって言ってた。
 お兄さんもそう言う人なんだね。判ったよ。
 聞かないよ。」

俺の演技が通じたのか、その友達とやらの言葉の
せいなのか判らないがガキはどうやら勝手に納得した
らしく、汚れた白い箱の中に取り戻した金と
汚れを拭き取った小銭を入れていく。
このネタを次の会話に取り入れるとするか。

「君は何故、汚れた小銭をその高そうな服で拭いたんだい?」

別に理由など判りきっていたが、敢えて俺は聞いた。
俺が知りたいのは理由ではなく、こいつの考え方だ。

「・・・実は、このお金小さい子達が入れてくれたんだ。
 貧乏ではないけれど、決して裕福ではない子達が。
 友達がね、それを見て「このお金は今まで入れてくれた
 お金よりも価値があるね」って言ったんだ。・・だから
 大事にしなきゃって・・・。」

最後の一枚を大事そうに見つめると、チャリンと音を立てて
白い箱の中に入れる。
今度はその「友達」とやらを会話のネタにでも使うか。

「・・・友達に言われたから、大事さに気づいたのかい?」

「・・正直に言うと、そう。
 お金をくれた人たちに「ありがとう」の気持ちはあったよ。
 でもそこまで深く考えたことはなかった。皆僕を見ると
 「偉いね」って言ってくれるんだけど、本当に偉いのは
 その友達だと思う・・・。」

そう言いながら照れくさそうに頭を掻く。
ほう、仕草までそっくりだ。
因みにお前の友達自慢はどうでもいいのだが
ご機嫌取りのために聞いてやるとするか。

「いい友達に恵まれたんだな。」

相槌を打ってやると、ガキの顔が判り易いほど
機嫌が良くなりその目を輝かす。まるで
「聞いてくれる?」と言わんばかりに。

ああ、聞いてやるとも。

構わないさ。

どうせ俺も後でお前から「報酬」を貰うのだからな。


「・・・その友達はね、最近出来た友達で。」

「ああ。」

「最初は喧嘩ばかりしてたんだけど・・。」

「ほう、喧嘩を・・・まぁ仲がいい者程喧嘩をする
 と言うしな・・・。」

「でも、会った直ぐで喧嘩だよ?それからずっと喧嘩
 しっぱなし・・でもある時、お互い正直になってみたんだ
 そしたら・・・・。」

「仲良くなったのか?それはいいことだ。」

よくある話だな。あくびを必死にかみ殺すのが大変だ。

「うん。昔は憎んでたけど、今じゃ友達になれて本当に
 良かったと思ってる。だって一緒に暮らす身だもの。
 やっぱり仲たがいしたままじゃ辛いよね。」
 

!?

一瞬だが、今の言葉で作り笑いが引きつりそうになる。

こいつは今なんと言った。「一緒に暮らす身として」と
言わなかったか。

「・・・悔しいけど凄く頭が良くて、女の子にもモテて
 おまけに今じゃ性格も良くなって・・・あーーー
 敵わないなぁ・・・ってため息ばかり出るときもあるよ。
 でも、「君には僕にも敵わない魅力がある」って
 彼がよく言ってくれるんだ。」

ガキが店のブラインドから覗く曇りがかった空を
眺めながら話し続ける。しかし俺の耳には話の続きが
全く入ってこなかった。

「・・・名は?」

「え?」

俺が言葉少なに質問すると、ガキは聞こえないのか
言葉の意味が理解できないのか首をかしげる。


心が波打つ。平常心が崩れていく。
聞いてどうする。しってどうする。
だがふつふつと湧き出る好奇心には勝てない。
なけなしの平常心を懸命に装い俺は尋ねる。

「・・・その友達の名は?」

「ああ!彼の名は・・・ディオ・ジョ・・・。
 ううん。ディオだよ。」

どうやら・・・俺の考えたことが
当たってしまったようだ。

俺のライバルとそっくりなこいつ。
そして、こいつのライバルと同じ名前。
それは間違いなく俺の・・・名前。

音を立てて壊れる平常心。
俺の口から勝手にぽつぽつと言葉があふれ出ていく。

「・・・その友達は金の髪と金の瞳をもち・・。」

「え・・?」

「目は切れ長で肌の色は白い。」

「どうして・・・?」

ガキの目が見開かれる。
言葉に出さずとも、その表情が全てを肯定している。

「そして一緒に住んでいるお前の名は・・
 ジョナサン・・・ジョナサン・ジョースターと
 言うのではないのか?」

「き・・君は誰だ!」

全てを見透かされて怯えたガキが
俺から距離を取ろうとする。
しかし、俺の手はガキの腕を無意識に掴む。

「イタいっ・・・。」

「お前の肩には星があるな・・・。」

「・・・ない!!そんなものないし、ジョー何とか
 という名前じゃない!!」

しかし否定はしているものの、ガキの手はしっかりと
「星」のついている方の肩を隠す。

短い間で築き上げた脆い信頼感が
跡形もなく崩れていく。
だがもうどうでもいい。
こいつが何者かということがわかった今、
「よき大人」を演じる必要がなくなった。

ここがいつの時代なのかとか、
現実か夢、幻なのかとか、どうでもいい。

邪魔になる芽をか弱いうちに摘んでおこう。

今までの礼をじっくり返したその後で。

「ジョジョ!!」

突然背後から声がする。
やはり・・・こいつはジョナサンのようだ。
そして、背後からこいつを呼ぶ声の持ち主は・・・。

「その手を離せ!!」

忘れるわけもない。
あれは年端も行かない頃の「俺」だ。

「ディオ!!来ちゃ駄目だ!このおと・・。」

少年の「俺」にジョジョは健気にも警告を促すが
途中で俺が邪魔をする。首筋に一発軽く食らわして
黙らしてやったのだ。そのまま意識を失い体をぐったり
させて、地面に崩れ落ちる。

「ジョジョ!!」

「昔の俺」がジョジョに慌てて駆け寄る。
そんなに心配しなくても、こいつはもう気絶している。
さあ、お前の目の前には「俺」しかいない。
安心して「本性」を曝しだせ。
いつまでも「芝居」を演じなくてもいい。

「しっかり・・・!!なんてひどいことを!
 彼が何をしたんだ!!」

怒りに燃えた目で俺を見る。どこまでも役者なのだな。
まぁ、周りの目もあるだろうしな。
俺はギロリと当たりを睨むと、厄介ごとはごめんだと
ばかりに扉や窓を閉め始めた。

俺は「昔の俺」の耳元で囁く。

「さあ「自分」だけになったぞ。正直になったらどうだ?」

しかし「昔の俺」の答えは口からではなく、拳によって
繰り出される。だが手で止めるまでもない、か弱い力。
「俺」を信用してないのかもしれない。全くどこまでも
俺らしい。思わず笑みがこぼれる。

「昔の俺」はそんな俺を睨んだまま口を開く。

「・・・僕はお前とは違うんだ。ディオ・ブランドー。
 ・・・その名で間違いないんだろう?」

「・・・!。ほぅ・・同じ人間がいるのにたいして
 驚かないんだな・・・。」

馬鹿に落ち着いていると思ったら、
どうやら全てを把握していたようだ。
俺は未だに頬にめり込ませている拳を掴み、
そのまま手を捻りあげる。
顔を痛みに顰めたものの、「昔の俺」は怯まずに
俺に向かって話し続ける。

「同じ人間?違う。お前は吸血鬼だし、もう人間を捨てた。
 人間を捨てたと同時に人として大事なものまで捨てた。」

「・・・成る程な、オーケー。判ってきたぞ。捨てた物の
 塊がお前で、残ったのが俺と言う訳だ。つまりお前が良心なら
 俺は悪い心とでもいえばいいのかな・・・?」

「・・・捨てるべきものは「お前」だったのに・・・。」

「昔の俺」が苦々しい表情を浮かべながら俺から顔を背ける。

・・・そういうことか、どうやらこの世界は俺が主人公の
世界で陰と陽のように「善人」の俺と「悪人」の俺が
存在する世界のようだ。「善人」がこいつで「悪人」が
俺か、ならこいつのは芝居ではなさそうだ。

さて問題はどうしてこの世界にいるのかということより
これから「俺」はどうすべきかだ。少なくとも
この世界は今までいた世界とは違うようだ。

望んできたわけではないが、今ここに俺がいるのだから
仕方ない。この世界が俺を拒むなら、逆に受け入れる
世界に作り変えるまでだ。なんてことはない。
今までしてきたことと同じことをすればいいんだ。

そして・・・最初の問題は・・・。

俺は眼下に写る二人のガキに目を移す。

こいつらの存在が俺にどう関わってくるか・・・。ジョジョの奴は
どうしようが俺に影響はないとしても、「問題」は自分だな。
俺は「昔の俺」に聞いてみる。

「貴様は結局俺にどうしてもらいたい?いや、お前ならどうする。」

「・・・・消えてもらう。お前は要らない!僕にとっても
 ジョジョにとっても。」

「俺が死んだらお前も死ぬのではないか?」

「いらない物がなくなるだけだ。僕は死なない!」

「昔の俺」が真っ直ぐな瞳で俺を睨む。
嘘や脅しではないようだ。しかし
賢いようでも子供だな。俺にわざわざヒントをくれるとは。

俺は優しく微笑んでやると、手首を掴んだ手を素早く離し
その細い首へと持ち替えた。

「ぐ・・・・!」

「俺もお前に本音をいおう。俺にとってもお前は
 「いらないもの」だ。」

ぐっとそのまま力をこめると、俺の腕をひっきりなしに
引っ掻いていた両手をだらんと下ろし、徐々にその体を
冷たくしていった。

立った姿勢のまま手を離すと力なくそれは
ジョジョの体の上に落ちる。
運の悪いことにその衝撃でジョジョの
意識が戻ってしまったようだが。

「・・・!ディ・・オ?ディ・・
 ディオ!!どうしたの!?気絶してるだけだよね。
 おきて・・・おきてよ!!」

揺さぶったり叩いたりして「昔の俺」の
反応をありとあらゆる手を使って確かめる。
だが、無情にもそれはなすがままに
揺らされているだけだった。

「つめたい・・・冷たいよ・・・
 体が冷たいよ!!嘘だろ!・・
 わぁあああああ!!!」

当たり一帯に響く泣き声をあげながら
ジョジョは「昔の俺」を抱きしめる。
雨のせいなのか、涙のせいなのか判らないほど
顔はぐしょぐしょに濡れていた。

「悪魔!!」

いつまでも無表情に見下ろしている
俺に向かってジョジョが怒りと悲しみに
燃えた瞳をむけ、悲痛な声で訴える。

「そうだな、似たようなものだ。」

確かによく言われる台詞だ。今更心にも堪えないが。

「彼が何をした!!こんなにいい奴が何で
 殺されなきゃならないんだ!」

「「いい奴」を演じていただけだ。」

「そんなことは信じない!!」

なんとも呆れた奴だ。仲直りするまではさんざん騙され
続けてきたであろうに。
確かに人殺しの言うことなど信じたくないのかもしれないが。

「僕は彼の優しさを信じる!」

「ん?」

「この募金の話だって、ディオが言い始めたことなんだよ!」

「昔の自分」が?それは意外だな。てっきりお前が
「昔の自分」をつき合わせたと思っていたが。
まぁ良心だからその位はするものなのかもしれないな。

「お前を手っ取り早く危ない目に合わせられるからな。」

「ここの町の危険は詳しく教えてくれたよ!
 入ってはいけないことも!・・ただ・・・
 僕が道に迷って入ってしまったけど・・・
 もし、そうなったときの対処だって詳しく
 教えてくれたんだ!もし何かあったら助けに
 行くからって!!そして・・・彼は来てくれた!
 危ない目に合わす気なら助けずにほっとくだろう!」

「・・・・・。」

「初めて心から尊敬出来る友達が・・・
 出来たのに・・・」

(・・・なに?)

「こんな立派な友達が出来た事に誇りを覚えていたのに。」

「誇りがもてる」と「尊敬している」か。俺も好きな言葉だ。
相手を真に認めたときだけ出る言葉だ。つまり
こいつは「俺」を認めている。勿論この「俺」ではないがな。
そういえば、こいつはさっき「「俺」には敵わない」と言っていた。
こんなにもあっさり出るものなのか。随分素直なんだな・・・。

もう何年も経っているのに、一向に俺を認めようとしない
あいつと違って・・・。

暫くジョジョは俺を睨んでいたかと思うと、急に
「昔の俺」をおぶり、よろよろと出口へ向かっていく。

「・・・本当は、お前に殴りかかりたいけど・・・
 ディオを・・・医者に・・・見せるんだ・・・。
 まだ・・・まだ間に合うかもしれない・・。」

「そいつは・・」

「死んでない・・・死なせるもんか。待ってて・・
 今医者を・・・探すから・・・。」

俺の制止も聞かずジョジョは雨の中よろよろした足取りで
いるかもわからない医者をさがす。

おれは何故かただ黙って、雨に霞み、消えてゆく
それを見つめていることしか出来なかった。

なぜなのだろう。この後あいつを
弄んで殺してやろうかと思っていたのに。
なぜ呼び止めない。その腕をつかまない。
助からない命を救おうとする、その姿が哀れ
だからか?せめて情けをかけてやろうと
でも思ったのか?

それとも「昔の俺」を必死に助けようとしているからか?

いや、きっとどれでもない。
多分俺は動揺しているのだろう。

だが、何に動揺しているのかは判らない。
というよりも判りたくないのかもしれない。



俺は気を取り直して店に戻ると、シャワーを借り、
今夜は食事も取らず休むことにした。
なんだか眠くて仕方ない。疲れた・・というやつだ。

次に目覚めたときは、今日のばかげた出来事が
すべてなかったことになればいいのだが。

そして、ザーザーと外から聞こえる雨音で俺は再び目覚める。
どうやら起きたのは二日後の朝方のようだ。
こんなに深く眠るとは久しぶりだ。

しかし、今日は悪党狩りする気になれない。
周りの様子を見てきたい。
部下にそう伝えると、黙って俺に雨よけのコートを
差し出し、深々とお辞儀をして部屋を出て行った。

階段を下りると、朝から飲んでいる連中の声が
嫌でも耳に入る。別に聞きたくも無いのだが
そのときばかりは話が耳に入ってしまった。

「おい聞いたかよ・・某有名なお屋敷の坊ちゃん・・」

「あーあれな。昨日は盛大な葬式だったらしいぜ。」

・・・・・。オレはすぐピンと来た。おとといの
哀れな少年二人の姿が脳裏に浮かぶ。

ジョジョの努力はどうやらむくわれなかったらしい。
しかし皮肉なものだな。「俺」の葬式を生きているうちに
行われるとというのは。

「でも一人は生き残ったんだろう?」

「よかったんじゃねーか?だってほら、財産とか・・
 二人の場合分けなきゃいけないんだろ?」

「だが、生き残ったほうは本当の息子じゃないんだろ?」

最後の一言に、思わず俺の足が止まる。

なんだと?本当の息子ではないだと?
もしこいつの言うことが本当なら・・・。
俺はきびすを返し男達のテーブルへと近づき
無造作にその上に金を置く。

「!?」

「その話詳しく聞きたい。」

一瞬あっけに取られた男達だが、テーブルの上の金を
見るや否や、厭らしい笑みを作りながら俺に
いそいそと席を持ってきた。

「教えましょう。だんな様!さ、汚いとこですがどうぞ。」

男達は早速、俺の金で酒を追加注文すると
ニヤつきながら俺に尋ねる。

「旦那さんが誰かなんて聞きませんからご安心を!
 ・・・で、何を聞きたいので?」

「まず、そうだな、生き残った子供のことだ。」

「ああ!そのことね。なんでも養子に入った子だとか。」

「なんか実子よりも頭も行儀も良いって評判でしたね。」

なるほど、「俺」で間違いないようだ。
もうその話は十分だ。後はもう一人のガキ・・
ジョジョが死んだ原因だ。
おれがそれを奴らに聞くと奴らの顔があからさまに曇る。

「あーーー。知ってるっちゃー知ってるけど・・」

「しかし、こういう話を旦那みたいな方に
 話していいのやら・・・。」

そうもったいぶって、チロチロと仲間と俺の顔を見比べる。
なるほど追加料金を要求しているわけか。
まぁいいだろう、こいつらを満足させる
はした金くらい、いくらでもある。

俺が再び金を置くと、周りの空気が一気に変わる。

「望むのなら教えましょう!」

上機嫌でテーブルの金を懐にしまうと、
男がヒソヒソ声で俺に教える。

「そのね・・・。もう一人の坊主なんですが・・。
 どうも・・・その・・売春宿みたいなところに
 連れて行かれて・・・乱暴された上に
 殺されたらしいですよ・・・。」

「さらに、殺され方が余りにも化け物じみていて・・
 喉元を食いちぎられていたそうですよ。
 でも、不思議なことに血は余り出ていなかったそうです。」

「皆、気味悪がっていますよ・・。売春宿の女達も
 怯えちまって・・・。次は自分かもってね。
 まあ、男とは言え、被害者は
 まだ子供みたいですからね。俺達には余り関係の
 ない話で・・・・。」

その後は余り役にたたなそうな情報だったので
俺は無視しながら頭の中を整理する。

あのあとジョジョは昔の俺を担ぎ、街を彷徨った。
その時悪い奴に捕まった可能性は確かにある。
しかし、殺され方だけは納得できない。
なぜ、犯人は喉元を食い破ったのか。しかも
血も殆どこぼさずに。そんなことが出来るのは
吸血鬼位だろう。まさか俺の部下がしたことなのか?
しかし俺は奴らにこの町の人間はまだ襲わぬように
言いつけてある。後で問いただしてみるが、可能性は
かなり低い。

それにもうひとつ。「昔の俺」のことだ。
なぜ昔の自分は生き返ったのだ?
確かにこの手で命を絶ったはず。
死んだ芝居でもしていたというのか?
・・・これはいずれ聞くことにして
今は犯人だ。

「・・・犯人を見たのか?」

俺が黙って札を渡すとペコペコと男は
頭を下げながらひそひそと話す。

「いえね・・お気を悪くなさらないように、
 犯人は金髪で長身の男だったそうです。
 色眼鏡をはめ、ベレー帽を深く被っていたんでよく
 判らないそうですが、
 ちらっとみた売春婦がやたらいい男だった
 っていってるんですが・・・。そういう
 男は結構いますからね。あ、勿論旦那は
 別格にいい男ですけどね!犯人だなんて
 髪の毛ほども信じませんよ俺達は。」

「そうだ!旦那はいい人だ!」

勝手に人を持ち上げてガヤガヤと騒ぎ立てる。
金を貰えば殺人犯でも「いい人」なんだろうな、
こいつらには。さて、もう一つだけ聞いたら
犯人探しとしゃれこんでみるか。

「残されたガキはどこで見つかったんだ?
 無傷だったのか?」

最後だから奮発してやると、男達は懸命に
何かを思い出そうとして皆で黙りこむ。
その中の一人が「そうだ!」と叫び
テーブルを叩く。

「その坊主は、宿屋の外で発見されたそうです。
 たるの中に入れられてたそうで...
 たるの蓋から金髪がはみ出ていて判ったらしいそうですよ!
 発見時は、首に絞められたような後があってぐったりしてたから
 駄目かと思ったらしいですが、いやー、おひとよ・・・
 いえ・・いい奴もいるもんで、そいつの
 蘇生措置で助かったみたいです。」

「そのガキも綺麗な顔をしていたらしいんですが
 なぜか、犯られ・・いえ・・その乱暴は、逃れた
 みたいですよ。多分俺の推理だと、犯人が誤って
 そのガキを殺しちまったと思って・・・もう一人の
 生きてるガキを・・・・。」

「その生き残った子供はそれからどうしたんだ?」

男達が下種な推理を始めたので、質問で
それを止めに入る。

「しきりに泣いていたそうです。半ば錯乱してたみたいで
 医者が鎮静剤を打っていたと。仲が良かったんでしょうね。
 可愛そうにうわ言のように、「僕が殺したも同然」って
 いっていたそうですよ。」

・・・・・・。
そうだろうな。
だが、ジョジョを殺したのは俺ではない。

俺はおもむろに立ち上がると、奴らに軽く礼をいい
外への扉を開ける。
男達の「またどうぞ」という声を聞き流しながら雨よけの
フードを深く被りなおして、誰もいない町をひとり歩いていく。




次第に森が見え、そのうっそうと茂った緑の
中をひたすら歩いていく。

こころがもやもやする。
どうせここは現実ではないのかもしれないが
ジョジョが殺されたと聞いてどうにも気分が晴れない。

この俺の手によってではなく、
どこの馬の骨かわからないやつに、
惨めに、哀れに、汚されて殺されて。

誰が殺した?誰の許可を得て?

そんなことを考えながら、いつの間にやら
見つけた深い洞窟の中へと自然に足が向く。
雨が酷すぎて歩くのが辛くなってきたからだ。

まだ雨水でしめっていない岩に腰掛けて、
ぐしょ濡れのコートを脱ぎ捨てる。
どうも、気分が優れない。俺は岩肌に
寄りかかって目を閉じる。

『許せないのか?犯人が。』

もう一人の俺がまた質問をしてくる。

『いずれは殺す気だったんだろう?』

ああ、その通りだ。しかし俺がやったんではない。

『拘るなよ。誰かがかわりにやったんだろう?
 お前はそいつに感謝するべきではないのか?
 代わりに殺してくれてありがとう・・と。』

誰も頼んではいない。感謝もしていない。
俺から言わせれば「勝手な事をするな」と
文句を言いたいくらいだ。

『まあ、いいか・・・。それにしても
 なぜ、昔の俺は生き残ったかわかるか?』

それはこちらが知りたいくらいだ。
俺が生きて、ここにいることに
関係があるのかもしれない。

『それは関係ない。「ディオ」が何人この世界に
 いようがな。ここはお前も含む、俺達の世界だ。
 何人いようが、何人消えようが関係ない。』

・・・・・・?

おれは今の答えをどこからだした?
今のは俺が考えたことか?なんだか
気持ちが悪い・・・。俺は足腰に
力を入れ、立ち上がろうとするも体が
ゆうことをきかない。

だめだ・・・また眠くなってくる。
いったいなんだというんだこの世界は。

『・・・お前は言ったな、昔の自分を「良心」だと。
 そして自分は「悪い心」だとも。』

・・・・・確かに・・・それしか考えられなかったからな。

『俺から言わせれば、「良心」は過去のお前だが「悪い心」は
 お前ではない。』

バカなことを。なら俺は何だというのだ。

『しいて言えば「悪い心」は俺だ。』

・・・・・?。

『・・・・・・あのガキを、お前の
「ライバル」を「食った」のは・・
 俺だよ・・・。だってお前が「食わない」で
 残してしまうから勿体無くってな。
 ふふふ、残り物には
 「福」があるとはよく言ったものだ。
 うまかったぜ?』

・・何を言い出すかと思えば。それではなにか・・
俺が無意識の状態であいつを襲ったと言うのか?
下らん妄想話だな。ガキでも作れる。

『・・・お前は不思議に思わないか?「良心」
 がお前とは別に 存在していたんだ。
「悪い心」も別に存在していても
 おかしくないと。』

だから、それは・・・・俺のことで。

『お前はもう「悪い心」ではないと言った筈だ。
 正確に言えば「悪い心も持った者」。しかも
 道端に点々と「悪い心」を落としていっている。
 落とした悪い心はどうなるか・・・?生まれるんだよ。
 新しく、「悪い心だけの者」としてな・・。』

そう言うと、いきなり自分の両肩を背後から掴まれる。
実体のある手の感触が肩にジワリと伝わってくる。
声の主は俺の肩越しからその顔を覗かせる。よくは
見えないが多分同じ顔。同じ瞳に同じ金の髪の男。
反射的に力を入れるが体がちっとも動かない。
訳のわからない焦燥感に襲われながらも
俺のまぶたは閉じていく。
背後の「俺」がねっとりとした口調で俺に囁く。

『お前には何もしない。少なくとも今は必要ない。
 さあ、疲れているんだろう、今は眠れよ。
 そしてまた目覚めて、次の新しい
 ジョジョ達にあって来い。俺はお前に付いていく。
 判っていると思うが、拒否をしてもついていくぞ。
 そして・・・また「食うつもりがない」なら俺に言え。
 俺は何度でも「ジョジョ」を食ってやる・・・。 』


奴の含み笑いを聞きながら薄れていく意識

ああ、わからない事だらけだ。
俺の今いるところも、俺の今の状況も。


これからの俺の行く末も。


俺はこの世界の「何」なのかも。




その疑問にもう一人の俺は何も答えない。


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