ガキの頃のジョジョが殺され、ガキの頃の俺が助かり
あれからどうなったのだろう。気にはなるが
どこに行けば会えると言うのだろう。

それにもうひとつ気になるのは俺から零れ落ちた「悪」
の存在。果たして奴がいる事で俺のこれからは
どうなってしまうのか、邪魔になるなら消えて貰うだけだ。
だがどうやって消せばいい?そもそも物理的な攻撃が
「悪」に効くのかさえ判らない。ただ「善」の俺には
攻撃が効いた事は既に実証済みだし、ジョジョを
気絶させる事もできた。ジョジョを殺したと言っていた
「悪」の存在は「善」にも危害を加えられるのだろうか。

だが俺と「悪」ならどうだ?お互いの攻撃は通じるのか。
俺だけがダメージを受けるのかそれとも、奴だけがダメージを
受けるのか。まあいい、今度会ったとき試してみるか。
どうせいけ好かない奴だ、殺す事に何のためらいもない。


【勝利者 後編】


ふと雨音が止み月の光が洞窟内を照らす。
ここにこれ以上いても仕方ないし、ここは
じめじめしていて余り気持ちのいい所でもない。
俺はゆっくりと立ち上がると
外の空気を吸い込むために外へと出る。

強い月の光が余りにも眩しくて、一瞬目を閉じ
再びゆっくりと目を開く。するとそこには
うっそうと茂った木々はなく、開けた公園のような
景色が広がっていた。
ポツポツと置かれたベンチの上に乏しい光のランプと
共に傍らに座る見慣れた男。
俺の記憶に間違いがなければ、あいつはジョジョだ。
年のころは18くらいか、大学生の頃なのだろう。
今と余り変わらない背丈と体つき、ただ俺と再会するときの
表情の険しさはまるでなく、穏やかな優しい表情で
あることが遠くでも見てとれた。

『ジョジョたちに会って来い。』

ふとあいつの言葉が脳裏をよぎる。
そういえば「悪」はそう言っていた。
ジョジョを殺しておきながら、「ジョジョ」に会えという
意味がその時は良く判らなかったが、どうやら
都合のいいことに、ジョジョも「善」もこの世界には
何人も存在しているらしい。
更に言えば、会いたいと願えば何度でも会えると言う事か。

ジョジョはベンチに座りながら
読みかけの本を膝に乗せ、うたた寝をしている。隣に
バスケットがあり、その中にワインとワイングラスが
二つ、誰かと待ち合わせしているらしい。

突然前方の薄暗い闇の中から、ぼうっと小さな灯りが近づいてくる。
その灯りが足元を照らし胴体を照らし、その顔を照らす。
その男も見覚えがある。そう、あれは「俺」だ。
多分「善」なのだろうな、ジョジョに釣り合う位の穏やかな
表情をしている。それはジョジョに静かに近づき傍にそっと座ると
その膝を優しく叩いた。
その途端、ビクッと体を強張らせ、慌てて隣にいる人間を凝視する。
それが「俺」だと判ると、すぐ破顔してばつが悪そうに笑った。

「・・・あーびっくりした・・。お帰り!ディオ!」

「ただいま、仕方のない奴だな。遅くなるから先に
 帰って待っててくれっていったのに・・・。」

「ごめん、どうしても今君と祝いたくて・・・。」

ジョジョはそう言うと、バスケットの中からワインと
ワイングラスを二つ取り出し一つを「善」に渡した。
そのままいそいそと栓抜きでコルクをぬきコポコポと
音をさせワインをお互いのグラスに注ぐ。

「親愛なる友の成功の第一歩を祝福して・・・。」

「俺を支えてくれた、君というかけがえのない
 友の為に・・・・。」

「乾杯!!」

そのまま、チンと涼やかな音をさせ、乾杯して
二人は一気にワインを飲み干した。

「やっぱりちょっと寒いな。」

少し体を震わせながらジョジョが空になったグラスに
ワインを継ぎ足す。

「ホットワインなんか良かったかもな。でも、なにも
 外でなくても・・・。ごめんな。待っている間
 寒かっただろう。早く帰ってきたかったんだけど
 なかなか周りが離してくれなくて・・。」

時折震えるその様に、心底申し訳なさそうに
謝る「善」に、ジョジョは笑顔で応える。

「仕方ないさ、皆君を祝福したいんだよ。あ、改めて
 おめでとう!学院生成績トップナンバーワン!
 頭いい友達が持てて、僕は本当に鼻が高いよ。
 オマケに女の子にももてるし、いいなあ・・・。」

「俺の上っ面だけを評価して寄って来る人たちには
 悪いけど、興味ないよ。今夜の祝福パーティだって 
 本当は気が進まないけど、君が行け行けって煩いから・・。
 正直余り面白くなかったよ、君もいないし・・。」

「善」はそう言いながらワインを一口含み
ジョジョを見つめる。その時の顔が一瞬
寂しそうにうに見えたのは俺の気のせいなのだろうか。

「だって、僕には無関係なパーティだもの。
 今夜集まるメンバーは頭のいい人たちや
 女の子ばっかりだし・・。いくら親友だからって
 同じ家の者だからって、僕が参加するのはおこがましい
 気がしてさ・・・。」

気はずかしそうに鼻をこすると、ふと何かを思い出したように
バケットの中を探る。しかしその「何か」がどうしても
見つからないようで、慌てて立ち上がり辺りを見回す。

「・・・おっかしーな・・君に渡すものがあったんだけど、
 この公園に来るときはちゃんとあったんだ・・・。
 まってて、探してくる。すぐ戻るから!」

そう言うが早いか、手元のランプを頼りに暗い道の中を
走っていく。「善」はおもむろに立ち上がり、
行くなと叫ぶが、ジョジョの姿は暗闇の中に消えていった。

相手がいなくなり、ぽつんと突っ立っていた「善」だったが
意を決してランプを片手にジョジョを追いかけていく。
一人残された俺は暫くぼんやりとその背中を見送っていた。

数十分経った頃だろうか、遠くに二つの灯りか
寄り添うように近づき、そのまま森の小道の
闇の中へ消えていった。
多分二人は出会えたのだろう。そして家にでも帰って
いったのだろう。

さて、問題は俺はこれからどうしたらいいかということだ。
くだらない馴れ合いを聞いて終わると言う無駄な時間を
過ごしてしまったのは仕方ない。またやつらを探すか。
俺が一歩足をふみだすと後ろから荒い息遣いが
聞こえてくる。どうやら探す手間が省けたようだ。
後ろを振り向くと、真剣な面持ちの「善」が
息を乱して俺を睨んでいた。

「おまえは・・・。」

敵意をむき出した顔。しかしその表情はすぐに
困惑したものに変わる。

「・・・違う・・・。お前は「悪」ではない・・。」

口惜しそうに舌打ちをして目を伏せる。
悪・・・?ああ・・・俺に先ほどからまとわりついている
忌々しいあいつのことか。しかし俺が「悪」では
ないとしたら、俺の存在は何だというのだろう。

「・・・聞いても判らないと思うが、ジョジョを見なかったか。
 先ほどまで俺達の会話をきいていたんだろう?なんとなく
 経緯はわかるだろ・・・?」

「知っていたのか、しかし一度再開したのではないのか?
 向こうから明かりが二つ見えたぞ。うっすらとでよく
 判らなかったが、一人のシルエットは間違いなく俺・・ 
 いやお前というべきか・・・それに酷似していた。」

「!!・・・ああ・・なんて事だ・・・。」

「善」はそう嘆くと膝をがくりと折り、地面に
両手をついた。絶望に顔を青くするその姿を見て俺は確信した。
遠くに見た俺は「善」ではなく「悪」の方だったのだと。



それは少し前のこと。
貧しい灯りを頼りに落し物を探すジョナサンだったが
なかなか見つからないで苦労していた。虫と風の音しかしない
暗い夜道は、やはり少し怖いものだ。
少しの不安を胸に募らせつつも、一生懸命探す。
何せ今日のお祝いの為に、ディオにあげるために
用意した大事なものだ。簡単に諦めるわけにはいかない。

一方のディオも、貧しい灯りを手にジョナサンを探す。
そして、見覚えのある背中を先にみつけたのはディオの
方だった。ジャリジャリと土を踏む音にジョナサンが気づき
慌てて後ろを振り向き、正体が判ると胸をなでおろす。

「ディオ!!ついてきたのかい?待っててくれて良かったのに。」

「おや・・・ついてきちゃ悪かったかい?」

灯りが乏しいので顔が良く判らないが、背格好は
間違いなく本人のようだ。それに何よりも聞きなれた
この声を間違えるはずがない。
そう確信すると、少し距離を置きながら
ジョナサンはディオと会話を続ける。

「わ・・・悪いだなんて・・。ただ、視界が悪いから
 何かあったらあぶないだろ?」

「君こそ何かあったら危ないのに、一人で飛び出して・・。」

確かにディオがとめる声が聞こえていなかったわけではない。
ただディオは少し心配性な所があるので、いつもの事と特に気にも
しなかったのだ。またお説教を言われてはたまらないと
ばかりに先に彼に弁解をしておくジョナサン。

「僕は平気だよ。暴漢なんか出てきても倒す自信はあるし。
 今までもスリや強盗と戦った事もあったけど
 そう言う連中は近づいてきたら気配でわかるよ。殺気
 だっているから。」

「暴漢は命や金品を狙うものだけとは限らないぜ。」

「むしゃくしゃしてるから僕を狙うとでも?
 ありえないよ。か弱そうに見えるわけでもないのに。
 ましてや女の子を相手にするみたいに暴行目的で襲われる事
 なんて絶対ないし。あははは、変な心配は無用だよ。ディオ。」

自分のような大柄な人間が誰に襲われると言うのだろう。
ただ危害を加えたいだけなら、そう言う連中は明らかに
小さくて弱そうな人間を狙うはずだ。勘違いの悪戯目的としても
自分のような男がどう転んでも女性と見間違うはずがない。
自分がスカートをはいて女装している姿がぱっと浮かんで
余りの滑稽さについ笑ってしまう。しかしそんなジョナサンに
便乗してくれる訳でもなく、ディオの口調は、まるで感情のない
とても冷たいものだった。

「そうかな・・でもお前はまだ気づいてないじゃないか・・。」

いつもとは違うと言うより、何か不気味さを感じる
その言い回しにジョナサンは言い知れない不安感を抱く。

「何がだい・・・?ディオ・・・さっきからどうしたんだい。
 気のせいかもしれないけど、少し様子が変だよ。」

「どう・・・変なんだ?」

そういわれた途端、ぞくっとして背筋に冷たいものが流れる。
なぜ自分は冷や汗をかくのだろう。目の前にいるのは
心を許した親友だと言うのに。

「ごめん・・・もっと近くによってくれないか?
 君の顔が見えずらいんだ。」

「オーケー・・・いいとも・・。」

どうもさっきから彼の首から上が闇に隠れて見えない
のが気になって仕方ない。
声は彼なのに、彼ではない気がしてならない。
ジョナサンはキチンと確かめて安心したかったからか
彼を傍に呼ぶことにした。その思いに答えるよう
にディオはゆっくりと歩み寄ると同時に手元の灯りを下に落とす。

ガチャンと音がしてランプは砕け、地面に残った
油に残り火かつき、一瞬灯がともる。しかしそのあかりは次の瞬間
「なにか」によって消されてしまう。

「ディオ!灯りが・・・!」

慌ててランプを持ち上げるジョナサンの手に
衝撃が走る。いきなりのことにうっかりランプを持つ手を
緩め地面に落としてしまう。
そして・・・先ほどと同じようになにかが
その火をねじり消す。

「・・・そ・・そんな・・灯りが・・・。」

運の悪い事にこの道は、木々がうっそうとおい茂り
月の光も星の光も全く遮断されている闇の空間だ。
辺りは完全な闇。この闇で何か見えるとしたら
それは夜行性の獣だけ。一気に高まる不安。
ジョナサンはせわしなく辺りを振り返り
ディオの名前を呼ぶ。

「ここだよ・・・。ジョジョ・・・。」

いきなり強い力で肩を捕まれ、声をした方に
首を向ける。

「ディオ!!僕のランプが・・・。どうしよう!
 君のランプも消えてしまって・・・!」

「「そうだな・・・でも大丈夫だ。俺は見えるよ。」

余りにも余裕ぶっているディオの言葉に
ジョナサンは少しカチンと来て、つい声を荒げる。


「な・・何をバカな事を、見える訳ないじゃないか!
 こんなときにふざけないでくれ!」

「・・・どうしたんだ?そんなに怯えて怖いのか?」

ディオはそう言いながらジョナサンの肩から
両手をするりと離し、背後からその胴体を優しく抱きしめる。
二人は普段でも冗談で相手の体に抱きついたり、ラグビーで
組みかかったりするので、そういったことをされるのに
けして不慣れではない。しかし今のジョナサンは、怯えている
のがバレるのが嫌なのか、気恥ずかしさもあるのか、
振りほどこうとその腕を掴んで外そうとする。

「・・・怖いだって?そ・・そうじゃない。不安なんだ。
 君だってそうだろう?」

「・・・俺は落ち着く・・・。」

「ディ・・・オ・・・?・・ちょ・・・っと・・
 苦しいよ・・・。力・・・いれすぎ・・だよ。」

「・・・ああ・・・感じるよ、お前が全身で恐怖しているのを。
 強がりばかりで、弱いところなど微塵も見せないお前が
 俺に恐怖を抱いて怯えているのを。なんて心地いいんだ。
 心臓が可愛そうなほど波打っているのが聞こえるぞ。」

まるで万力で締め上げられるような強い力に
ジョナサンは必死でもがくが、ビクともしない。

「・・ディオ!!いい加減に・・・!!」

その先の言葉は続かない。ディオの片方の手が
ジョナサンの口を塞いだからだ。
驚いてその塞いでいる手を剥ぎ取ろうとするが
その腕はおろか指の一本すら動かす事ができない。

「だから言っただろ・・・ジョジョ・・・一人で
 飛び出したりするとこういう怖い目に会うと・・・。」

そのまま後ろからはかい締めにした態勢で
ジョジョを茂みまで引っ張っていき
一緒に倒れこむ。

もがくジョジョを仰向けにさせ両方の手首を
片手で押さえ口は塞いだままで両足も
自分の足で固定する。

うーうー、と必死で何かを訴えようとする
ジョジョをディオは冷たく見下ろす。

「・・・やかましい口だなァ・・・。俺はな・・・この
 やかましい口が嫌いなんだ。生意気で反抗ばかりする
 この口よりも「下の口」の方が従順で素直で好きなんだ。」

「・・・!?」

「・・・何の事か判らないよな。理解しようと
 しなくていい。お前は前からそうだった。
 言葉でいくら言っても判らない。いくら痛めつけても
 判らない。だったらお前自身を征服し、服従させたらと
 どうかといつも思っていたよ。
 だからこの前、ガキのころのお前で実行したよ。
 そしたら体は従順に俺に従ったよ。だけど心だけは従順に
 ならなかった。仕方ないから俺は殺したよ。愚か者は
 死ななきゃ治らないっていうだろ?さァて・・・
 大きくなったお前はどうなのかな・・・。結局俺を
 拒む愚か者なら・・・また、死ぬしかないな・・。
 ガキのお前は少し優しく扱ってやったが・・・・。
 今のお前は・・、手加減されるのは・・嫌だろ?」

冷たい笑いと共に聞こえる、冷たい言葉。
その言葉を最後にジョナサンの目が大きく見開かれる。
ギャアギャアと木々の間から鳥達が
やかましく空へと飛び立っていった。


一時間後・・・変わり果てたジョジョを俺たちは見つけた。
「善」は労わるように自分のコートを奴にかけその背中におぶった。

「・・・何回殺せばいいんだ・・・。」

恨めしそうな声が自分に向けられ、俺は眉をしかめる。

「俺のせいじゃない。こっちもいい迷惑だ。」

「早く「悪」を探せ!」

あくまで俺を見ないようにして怒りをぶつける「善」。
何故俺が探さなければいけないのだ。確かに
うっとおしい存在だがわざわざ探す意味がない。

「俺に指図するな、貴様が探せ。」

「俺にあいつは見えない。お前という器がなくては
 あいつは見えないんだ・・・。それに・・・いずれ
 お前はあいつを見つけなくては後悔する事になる。」

「どういう意味だ・・・。」

「それこそ「悪」に聞けばいい。」

「善」はそう言うとジョジョを背中に負ぶったまま
 足元を照らすランプを頼りに闇の中へと消えていく。

奴が消えていったと同時に俺は深く溜息をつく。
随分簡単な事を勝手に言ってくれるものだ。
それがたやすく出来れば苦労しない。

だが・・・そう思っていた矢先。
まがまがしい「気配」が俺の後ろにいつの間にやら
立っていた。

「・・・貴様から来てくれるとは都合が良いな。」

「お前が呼んだんだよ。俺のこと・・・。忘れたのか?
 「善」にはどうやって会えたんだ?会いたいと思った
 からだろう?だったら俺だって同じ事よ。」

振り向くとそこには体中を血に染めた「悪」がいた。
邪悪な笑みを浮かべながら俺を挑発的な目で見つめている。

「貴様がジョジョに何かをするのは勝手だが、その度に
 おれは「善」に嫌味を言われる。そろそろ止めては
 くれないか?面倒くさいんだよ、色々とな。」

「仕方ないだろ。悪いのはお前とジョジョだ。」

口元についた血を手で拭うと、その血をぺろりと
舐めとりながら俺を上目遣いで見上げる。

「ジョジョが悪い?」

「あいつが俺を受け入れないから、いつまでも
 こんな事をしなければならない。体は従順になるのに
 心が頑ななんだよなァ・・・。ま・・・楽しいから
 いいけどな。さ、また次に会いに行くんだろ。早く行けよ。」

「俺に指図するな。それで・・・俺が悪いとはどういうことだ?」

「ジョジョの奴と同じさ。今のお前が俺を受け入れようと
 しないから、俺はこうしてさ迷わなくてはならない。
 ・・・いずれ終りが来るから言うけど、お前今、生きる
 気力を失っているんだよ・・・。」

「なに・・?」

「なあ・・・お前は覚えてないのか?ここに来る前の状態を。
 ジョジョとの最後の戦いでお前はどうなった?思い出せ。
 大事な事だぜ。」

「・・・・・。」

たしか・・・確か俺は・・・ジョジョとの戦いで
奴に致命的な攻撃を受け・・・体中に波紋が回らないために
自分の体を・・・・・。

「お前が言いたくなきゃ俺が言ってやるよ。お前は瀕死の
 状態で首だけになって生きているんだよ。
 簡単に言えばここは生死の狭間だ。お前はジョジョの奴に
 とことん追い込まれて、心が折れかかっているんだよ。
 もう自分では敵わないのか、相手が悪かったのか、
 このまま死んでしまうのが運命なのかと。
 お前・・・このままでいいのか?散々勝つと豪語しておきながら
 こんな惨めな終わり方をするなんて、かっこ悪い負け方だな。
 お前は俺を疎ましく思っているようだが、皮肉にも俺の正体は
 お前の執念や欲望、つまり生きる力だ。お前が生き延びようと
 する執念や欲望を持たなければ、オレだけではない、お前も
 「善」も全てなくなる。・・・どちらにせよ・・・この世界
 はもうすぐ崩壊する。この世界の主であるお前がいなくなればな。」

「・・・・。」

「どうするんだ?お前が生きる望みを捨てないなら・・・。
 勝利者になりたいのなら俺をを取り入れ、そして目覚めろ。
 そして次こそジョジョの命を奪え。このまま諦めるのなら
 ・・・好きにするんだな。俺にはどうしようも出来ない。
 お前の今までの苦労が全て水の泡だがな・・・・。
 敗者を選ぶか、勝者を選ぶか、俺なら迷いなく答えるがね。」

「俺は・・・。」

今までの出来事が頭の中でぐるぐると渦巻く。
俺は何のためにここまできた?
何のために全てを捨てた?
俺がジョジョによく言っていた言葉・・・。

「俺は何が何でも生き延びる・・・。」

ぼそりと呟く言葉に「悪」はにやりと笑うと
そのまま俺の体へ重なりスッと姿を消していった。
そして二度と「悪」の声が俺の耳に届く事はなかった。

それと同時にぐらりと世界が歪んだ気がした・・・。




時は夕刻。
ふと見上げると見慣れた屋敷。幼い頃あいつと共に
暮らしたジョースター邸だ。あの時と何も変わっていない、
平和な空気が辺りを包んでいる。
「善」の俺が今も住んでいるのだ、変わるはずがない。

ふとコートのポケットに手を入れると、色眼鏡が入っているのに
気づく。「悪」が変装として使っていたのだろう。
折角のなで俺も使う事にした。「善」とそっくりな
俺がいたんでは何かとやりにくいだろうしな。

噴水のある広い庭に馬車が止まっている。自分が始めて
ここに来たときを思い出す。従者が俺のところに尋ねてきて
言われるがままに付いて行った。馬車に揺られながら、俺は
色々と己の野望を果たす算段を考えていた。
ここから全てが始まり、そして狂い始めた。


「それでは主人にはよろしく言っておいてくれたまえ。」

「は!かしこまりました。」

俺がそんなことを考えていると不意に男達の声が聞こえてきた。
屋敷から随分と身分の高い男が部下を何人も連れて出てくるのが
見えた。格好からしてどこかの国の国王かもしれない。

部下は身分の高い男が安全に乗り込むのを確認すると、自分達も
馬車に乗り込み、従者の掛け声と共に屋敷を後にしていった。

その姿が見えなくなるまで、ジョースター邸の執事らしき男が
頭を下げていたが、俺の姿を見つけるとゆっくりと近づいてくる。

「何か御用でしょうか?」

人当たりのよさそうな初老の執事が俺に尋ねてくる。幸いな事に
不審者とは思われていないらしい。なら都合がいい。
色々と尋ねてみるとしよう。

「今の御仁は何をしにこちらへ?大層身分の高い方と見受けたが。」

「はい。国の名は申し上げられませんが、一国を治める方と
 申し上げておきましょう。今日こちらにこられたのは
 法律の事で相談があると、わが主にお会いになられにきました。」

法律だと・・・?俺が勉強していた分野ではあるが・・・。
しかしここの執事は「主」に会いに来たと言っていたな・・。
なら、俺ではないだろう。ジョースター卿かジョジョ・・・。
しかしジョジョは法律の勉強はしていないし、そう言う類のものは
苦手だと言っていたしな・・。まあどちらにせよ聞けば判る事だ。


「ほう・・・。そんな方が。ここのご主人はさぞかし名の通った
 お人なのでしょうな・・・。名をお伺いしてもよろしいかな。」

「はい。勿論でございます。私どもの主はこのジョースター邸の
 誇りでありますから。主の名は、ディオ・ジョースター様と
 申します。」

なに・・・?俺の名だと・・・?聞き間違いだろうか。
気を取り直して俺はもう一度執事に尋ねる。

「ディオ・ジョースター殿・・・?」

「はい。その通りでございます。」

「・・・変ですね。噂ではここに住んでおられる方は、
 ジョージ殿と、そのご子息ジョナサン殿なのでは・・。」

「ジョージ様は、一年前病に倒れて息を引き取りました。とても
 偉大で尊敬できる方でした。ジョナサン坊ちゃまはご健在ですが
 ご自分の夢を叶える為に、世界へ旅だつと言う事で半年前に
 ディオ坊ちゃまに、この館も家督も全て譲り、
 今はエリナ嬢とご結婚され
 共に海外の地で暮らしております。ほほ・・そういえば今日
 ジョナサン坊ちゃまが会いにこられるらしいので、ディオ
 坊ちゃまも朝からそわそわしていたようですな。二人は本当に
 仲がよいのですよ・・・。私も楽しみです。」

そう言いながら心底嬉しそうに微笑む執事を見て、その話が
嘘でない事を確信する。これはぜひとも「善」に会ってみないと。
ただ、どうやって会うかだ。俺の様な得たいの知れない奴を
容易に入れてくれるわけがない、そうなれば忍び込むしかないか。

俺がそんなことを考えていると玄関から若い男の声がする。

「・・・その人を僕の部屋までお通しして。彼と少し話したい
 ことがあるんだ。」

「ディオ坊ちゃま・・・この方を知っておられるので?」

「ああ・・・よく知っている。僕も、ジョジョもね・・。」

そう言って俺のほうをちろりと見ると、やうやうしく招き入れる「善」。
俺はそのまま執事についていき、奴の部屋へと入っていった。
・・・ここは見覚えがある・・ジョジョの父親の・・執務室だ。
更にドアを開けるとそこには応接間がある。俺はそこに通された。
いそいそと後片付けをする女中に、「善」はジョジョが戻ってきたら
僕達に構わず通してくれとだけ伝え、ソファーに腰掛けた。

「君もどうぞ・・・。」

俺に酒を勧める「善」。俺が断ると一人で酒を
飲み始めた。

「俺と話したいとはどういうつもりだ?」

「話したいと言うより伝えたいかな・・・。」

グラスの中の氷をコロコロと転がしながら
「善」は溜息をつく。その表情は何故か
憂いをふくんでいた。

「・・・手短にな、俺には時間がない。」

「・・・それはお互い様。俺にも君にも・・ジョジョにもね。
 君は思っているんだろうね、よくぞここまでのし上がれた
 ものだと。だけどね、この栄光は自然に転がり込んできたものだ。
 それこそ君の嫌いな真面目に努力を重ねた結果で。
 くだらない欲望は、抜きでね・・・。皮肉だね・・・。
 正直俺はここまでのものを望んでなかったのに・・・。」

皮肉にも聞こえるその言い分だが「善」の表情は
決して挑発で言ったのではない事を物語っていた。
だが、まるでこの俺を哀れんでいるようにも聞こえて
それが少し癪に障った。

「・・・・自慢か・・・?時間がないと行った筈だが。」

「だからこそ全て言いたいんだ。ねえ、君は人間まで止めて
 何を得た?ジョジョを貶め続けて何かいいことがあったかい?
 どうして・・・どうして真面目に生きようと思わなかったんだ?
 君ほどの知識と実行力があれば真っ直ぐに生きていれば、必ず
 栄光をつかめた筈なのに・・・。君は苦しみから開放される為に
 この道を選んだかもしれないけど、俺からすれば苦しみの
 多い道を選んだように思えるよ。俺は今幸せだよ、いや・・
 正確に言えば今までが幸せだったよ。ジョジョと仲良くやってきた
 数年間が・・・。」

「・・・・・。」

「君は俺の事をただの「善」だと思っているみたいだけど
 本当は違うんだよ・・・。俺は君のまともな部分の
「未練」であり「悔い」なんだ。
 認めたくないだろうけどね。君は思ってたんだよ
 心のどこかで、ジョジョと仲良くなっていたら・・・。
 あの時、あんな事さえしなければ・・・。本当はどっちが
 正しかったんだろうとね・・・。
 ・・・・そして「悪」は
 君のどす黒く隠された「欲望」なんだ。どうやら・・君は
 「悪」を取り戻したみたいだね・・・。なら俺も君に
 還らなければならない・・・。ああ・・・以前知りたがっていた
 君の正体なんだけれど・・・俺はプライドなんだと思う。」

「・・・プライド・・・?」

「そう、そして君のプライドは「善」に傾くか「悪」に
 傾くかで生き方が変わっていく。・・・でも君はもう決めて
 いるんだろうね・・・。生きのびるために・・・。」

グラスに入った残りの酒を一気に煽ると「善」は、ふらふらと
大きな窓に近づきカーテンを捲る。

「ジョジョがきた・・・・。」

一言ぼそりと呟くと、悲しそうな表情を浮かべて
俺に最後の言葉を託す。その体は段々と透けていき
実体が失われていく。

「・・・君が覚醒しようがしまいが、この世界はもう消えて
 なくなる。最後だからいうけど、俺は本当に欲しかったものは
 ジョジョとの永遠の友情だったんだ。いや・・友情なんて
 ちゃちなものじゃないかもしれないね。・・・でも結局
 彼とは離れてしまったよ。彼は「心は繋がっている」って
 言ってくれたけど、皮肉にも俺が願っていたものとは違う。俺は
 常に彼と一緒に寄り添ってお互い協力し合って生きていたかったよ。
 君にさっき言ったよね、ジョジョと仲良くやっていた数年間が
 幸せだったと・・。結局俺も勝ち組ではないんだ。本当に欲しい物
 が、手に入らなかったんだからね。・・・きみはどっちなんだろうね。
 敗者になるのか・・・勝者になるのか・・・。」

まるで幽霊のような半透明の「善」が俺の体へと入っていく。

「・・・戦う運命って嫌だね。引き分けは許されないから。
 必ずどっちかが生きてどっちかが死ぬんだ。死んでしまった
 方は哀れだよね。生き延びるために強くなる努力をしたのに。
 明日の未来のために戦うのに・・・。君も・・ジョジョも
 理由はどうあれ自分の未来の為に生き延びようとしている。」

もはや姿の見えなくなったそれの声が俺の心に響くと同時に
コンコンとドアをたたく音がする。そして次に聞こえたのは
俺の名を呼ぶ聞きなれた声。ジョジョがやってきたようだ。

「・・・「最後の未練」が来たよ。後は君がどうするかだ。
 俺は君がどういう行動に出ようと止められない。
 ・・・あとは全て君に委ねた・・・。」

その声を最後に辺りは静寂に包まれる。そこに残されたのは
テーブルの上の酒のボトルと主を失ったソファーだけだった。

「ディオ・・・?おーい。入ってもいいかい?」
一向に返事をしない俺にジョジョが言葉を投げかける。
そうだ、忘れていた・・・。ディオは俺だったな・・・。
俺は椅子に腰掛けると「どうぞ」と奴を招き入れる。
その声を合図にジョジョが意気揚々と入ってくる。
その手にはお土産のようなものが抱えられていた。

「久しぶりだねディオ・・。変わらなくて何よりだよ。」

そのままつかつかと歩いてくると俺と反対側の
ソファーに座る。屈託のない笑顔を浮かべながら
俺に手土産を渡す。

「・・・気に入るかどうか判らないけど・・。」

そう言って照れくさそうに頬をポリポリとかく。
俺はそれを受け取り素直に感謝の言葉を口にする。
それが照れくさかったのか、誤魔化すように慌ててジョジョ
のほうから話を切り出してくる。

「相変わらず仕事は忙しいかい?何か困った事が
 あればいてってくれよ。そんなときはすっとんで
 助けに行くから。」

「ふ・・それは頼もしいな・・・。」

「・・・あれ?君いつから色眼鏡を・・・?似合うから
 いいけど・・・。まさか、目に病気があるわけじゃ・・?」

自分勝手に解釈をして身を乗り出して心配そうに
のぞきこんでくるジョジョに心配ないと言い聞かせる。
何とか理由をつけるとやっと納得したように話を続ける。

「・・そ・・そうか。エリナにもよく注意されるんだ。
 「おっちょこちょいの慌て者」って。・・・ねえディオ
 余計なお世話かもしれないけれど、まだ身を固めないの?」

「・・・本当に余計なお世話だな。この幸せ者が。」

わざと苦笑いをして意地悪く答えると、ジョジョは案の定
申し分けなさそうに謝ってくる。

「ごめん!でもディオは僕なんかより女の人たちに
 モテていたし、その中からいい人ぐらい
 出来たんじゃないかなって思って・・・。だ・・
 大丈夫だよ。君はいい奴だからきっといいお嫁さんが
 見つかるさ。そのときは結婚式に呼んでくれよ。
 そしてお互い家族を持ったら、ハイキングとかに皆で
 行こうよ。きっと楽しいよ。」

ジョジョはそう言いながら目を伏せる。きっとその頭の中には
自分の家族と俺の家族が仲良く談話している様でも
思い浮かべて悦に浸っているのだろう。

・・・全くなんて笑い話だ。
そんな事には絶対に不可能だと言うのに。
おかしくておかしくて・・・、

涙が出るほどおかしくて・・・そして哀れだと思った。

ジョジョが一生懸命話しているのを、俺は偽の笑顔で
それに応えながら考える。

・・・今俺は何を哀れだと思ったのだろう。
何故哀れだと思ったのだろう。
どちらが哀れな結末になるかまだ判らないと言うのに。
だがなジョジョ。これだけは言える。
俺は負けたくない。哀れみを受けるのは
負けたものだけだ。お前も大層な負けず嫌いなのは
よく知っているが、俺だってそうなんだよ・・・。

お前だって失ったものは多いが俺だって多いんだ。

お前は負けてもお前を偲んでくれる者は沢山いる。

だがな俺には何もない。死んだら喜ぶ奴は沢山いても
悲しむ奴は殆どいない。

正義が死んでも後世まで、その輝かしい武勇伝は歴史に綴られるが
悪党が死んでも粗雑に綴られるだけ。

あんまりだと思わないか。俺はお前と会う前から
ずっと不幸だった。そして今までもずっとな。
そう、人間を止めてまで、全てを捨ててまで
引き換えに得たものは余りにも小さい。
本来ならもっと大きな見返りを受けてもいいはずだった。
なぜだ?お前が邪魔したからだよ。
俺に不幸なまま死んでいけというのか?
何も幸せを見出せないまま、土壌の塵となれというのか?

「ディオ・・・ディオ・・・?」

ふと耳に届くジョジョの声に意識を戻される。

「・・・大丈夫かい?法律家として有名になったのは
 僕も嬉しいけど、仕事つめすぎじゃないのか・・・?
 あんまり顔色も良くないよ?」

心底心配そうに顔を覗き込んでくるジョジョ。
本当にお優しいことだ。呆れるほどに優しい俺のライバル。
もし・・お前に今までの事を悔い改め反省をしたら
ここまで優しく接してくれるだろうか。無論悔い改める
気など毛頭ないが、聞いては見たいものだお前の意見を。
そしてその思いは口に出る。

「ジョジョ・・・突然だけど変なことを質問するが
 真面目に答えて欲しい。どうしてとか、何故とかは
 聞かないでくれ。頼む。」

俺が真顔で頼むと、少し戸惑いながらもジョジョは強く頷いた。

「例えば・・・例えばの話だ。俺が君の全てを奪って
 最悪の悪党になったとする。君は勿論許せなくて俺と
 対峙する関係となる。だが最後の最後で俺が今までの
 ことを全て反省し悔い改めると言ったら・・・そのとき
 君はどうする?やはり許せないから殺すか?」

突拍子もない質問にジョジョは眉間にしわを寄せながら
腕を組み、うーん・・・唸る。2〜3分考え込むと
やっと自分の答えを口に出す。

「そうだな・・考えられないし・・考えたくもないけど・・
 うーん。もし・・もし君がそうなったら・・・。
 多分許せないとは思う・・・。でも、殺すかと言われたら
 ・・・それは判らない。殺したって奪われたものは
 返ってこないし・・・。なにより元は親友だもの・・。
 そんなこと出来ないし、したくない・・・。それに
 君が元のいい奴に戻ろうとしているのなら、僕は
 できる限りそれを助けてやりたいとは思う。」

「・・・仲直りはしてくれるかい?」

「・・・・・。すぐには無理かもしれない。
 でも・・・君が望むなら、僕は・・・。
 もとの親友に戻れるように・・・なりたい。」

そう言いながら困ったように微笑む。これ以上は
勘弁してくれということか。

「そうか・・・答えてくれてありがとう。
 ふふ・・・そんな心配そうな顔をしないでくれ
 例えばの話なのだから・・・。」

どうやら真面目に答えてくれたようだ。顔を見れば
一目瞭然だ。俺はキャビネットからグラスをもう一つ出すと
ジョナサンに酒を勧める。「それでは一杯だけ」とジョジョは
謙虚に言って、グラスを受け取り俺は酒を注いでやる。

自分のにも注ぎ、二人で高く掲げ、チンと涼やかな
音を立てて乾杯の音頭を取る。

「お互いの輝かしき未来の為に・・・。」

ジョジョはそう言って嬉しそうに微笑むと
酒を一気に煽った。

お互いの輝かしき未来か・・・。
悪いが、輝かしき未来が待っているのは片方だけだ。
お前が俺についてくればそれも可能だがお前はそれを拒むだろうな。

「あ・・・もう、こんな時間だ・・・。
 ディオ・・・僕はそろそろ行かなければ行けない。
 君さえ・・よければ・・また会いたいと思う。」

鐘のなる音にジョジョは、大きな壁時計の時刻を確認する。

そうか、どうやらこの世界の終わりも近づいているのか。
テーブルに手をつき、立ち上がろうとすると箱のようなものが
あるのに気づく。ジョジョに貰った手土産だ。俺は、丁寧に
包装紙を開いてみる。突然ジョジョから待ったと
止められるが時は既に遅く小さなカードと中から
高価そうな懐古時計が出てきた。おれはカードの文章に
目を通す。

「あ!・・・うっ・・・。恥ずかしいな・・・
 僕が行ってから開けて貰おうと思ったのに・・・。」

顔を赤くして恥ずかしがるジョジョに構わずに
短い文章を読み上げる。そこにはこう書かれていた。

最愛なる友へ。
お互い進む道は違うけれども、僕達はいつでも
一緒だ。住む場所は離れていても心は一つだよ。
でもたまに思うんだ。もし君と僕の進む道が
同じだったら良かったのにってね。
僕と君とエリナで世界各国を回って冒険をする。
そんなことになれたらどんなに楽しいだろうって
よく考えるよ。
でもこれもまた一つの運命なんだよね。
僕も君もお互い、信じた道を歩いていく。
せめて同じ時を歩んでいる事を共感できれば
いいなと思い、君に僕とおそろいの懐古時計を
送るよ。僕はこの時計を見るたび君を思い出すと思う。
君もこの時計を見るたび僕を思い出してくれたら嬉しい。

それじゃあまた。
次に会える日を楽しみにしているよ。

最愛の友。ディオへ。
ジョナサン・ジョースター

「えーーと・・・その・・・文章下手で
 ごめん!まあ・・・その・・・それは
 別に、強制してるわけでなくて・・・。」

顔をさっきよりも赤くして慌てて弁解している
ジョジョを優しく抱きしめる。
突然の事に体を硬直させるがその腕をおずおずと
俺の背中に回してきた。
一時的な別れの抱擁だと思っているのだろうな。

ああ・・・確かに俺にとっても別れの抱擁だ。
体のない俺にとっては、お前の体を抱きしめる事は
もう出来ない。そしてこれからもそれは出来ない。
俺はこれから新しい体を手に入れるがお前を抱きしめる事は
もう出来ないんだ。なぜなら、その体は・・・。

「ありがとう・・ジョジョ。」

「・・・。嬉しいよ。言葉にしなくても
 君の気持ちが伝わってくる。」

「そうか・・なら・・良いよな・・?」

「え・・・?」

ジョジョの青い瞳が一瞬俺を映す。
お前の目を見るといつも思い出す。
人間の頃に見上げた青い空を。
もう今では見れなくなってしまった青い空を。

「「俺の輝かしい未来」を一緒に歩もう、我が友よ。」

そして次の瞬間、俺はジョジョの喉元に牙を深々と突き立てた。

不意に襲う痛みと訳のわからない恐怖にジョジョが
懇親の力で抵抗する。しかし今の俺の力に
敵うはずもなく、空しくその手は俺の背中をかくだけだった。
次第にジョジョの体が痙攣し俺を掴む力を弱めていく。
喉元に突き立てられている牙のせいで声が出ないのか
パクパクと唇だけが動いている。

暖かい血がどくどくと流れ床のじゅうたんを濡らして行く。
温かい体は次第に冷たくなって、背中に回した手がだらんと
ぶら下がっていく。そしてそのまま俺からずるりと離れ
ゆっくりと崩れておちていった。

「・・・お前の気持ち、確かに受け取った・・。
 ジョジョよ。俺も本当はお前と共に良きライバルとして
 一緒にこの世を生きていたかったのかも知れない。
 お前はどう思うか判らないが、本音を語り合える友は
 俺にはお前しかいなかったんだ。お前は俺にとって
 かけがえのない存在だったんだ。でも・・・もう
 遅いんだよ。気づくのも、なにもかも。
 ここまで来たら俺はもう負けたくない。
 俺は生き延びたい。だがな・・・お前と共に
 生き延びたいと最近思うようになってきたんだ。
 そこで俺は考えたんだ・・・。お前と共に生きる
 いい方法を・・・。」

ジョジョの体が消えていき、辺りを取り囲む景色も
霞のように薄れていく。そして俺の体も意識も
次第に薄れていった。



俺が再び意識を取り戻したとき、俺は硝子の
ビーカーのようなものの中におり、悲壮な顔でワンチェンが
それを覗いていた。
どうやら俺は生死の境をさまよっていたらしく、いつまでも
目覚めない様子にワンチェンも一度は諦めかけたそうだ。
ふと俺の置かれているテーブルを見ると
傍にはクシャクシャになった新聞が置いてある。
おれがワンチェンに頼んで見せてもらうと、そこには
ジョジョの奴とエリナがめでたく結婚したと言う事が
記入されていた。

成る程。
そこまでは精神世界の中の出来事と一緒のようだ。
ワンチェンが俺を覗き込みながら
ジョジョに対する憎しみをその口に出す。

「憎きあの男は明日妻と共に旅行に旅たつそうです。
 部下を入れ込んで目茶目茶にしてやりましょうかね・・。」

それを聞き俺は決心する。早速最後のチャンスが来たか。
そうか・・明日か。丁度いい、俺の気が変わらぬうちに
行動を起こすとしよう。俺はワンチェンにその旨を伝えると
早速準備に取り掛かった。

用意は整い、後はジョジョを待つだけとなり
俺はそのときまで再び眠る。

後はツイている者が勝利を収めるだけだ。
そして・・勝利の女神はついに俺に微笑んだ。




ジョジョよ。俺の最高のライバルよ。

お前はこれからあの女とではなく、この俺と旅立つのだ。
長い長い旅路をともに歩もうじゃないか。

お前は言ってくれたよな、君の助けになりたいと。
どんな事があっても僕達は心はひとつだと。

出来れば同じ道を歩みたいと・・・。
約束したものな、共に輝かしい未来を歩こうと。

俺もお前と共に栄光を掴みたくなった。
共に勝利を味わおうじゃないか。

この先も末永くな・・・。




そして百年の月日が流れる。

もはや生き物など住んでいない不気味な大きな塔に
響き渡る人ならざるものの叫び声。
いまでは化け物の住みかに、俺は奴らの王として君臨している。

「長いような・・短いような百年だったな・・ジョジョ。」

あれから俺は百年の間をジョジョと共に眠り、
そしてこれから始まる新たな「俺の理想の世界」の為に
ジョジョと共に生きていく。
頼もしい部下もでき、自分の根城も持てた。
今日はその祝いで部下達は大いに盛り上がっている。
せいぜい楽しませてやろう。明日からは俺の為に
死力を尽くして働いてもらうのだから。

俺は皆に挨拶を済ますと自室へと戻っていき
大きな鏡の前に立ちに自身を映す。
正確に言えば俺とジョナサンを映す。
自分の襟首を引っ張るとあいつの体の証が見える。
俺は無意識にそれに触る。当たり前だが感覚は俺のものだ。
だが右側と比べると若干感触が違う。

俺に抵抗しているのかもしれないが、俺は嬉しいぞ、ジョジョ。
お前が常に傍にいる事を感じられる。
不意に背後に気配を感じ、ドアのほうに
視線を向けるとノックの音がする。どうやら俺が頼んだ
酒が来たらしい。

「失礼いたします。お望みの酒をお持ちいたしました。」

「ご苦労。そこに置いてくれ。」

部下の髪の長い男はサイドテーブルに酒を静かに置くと
やうやうしく頭を下げる。しかしその男はすぐ出て行かず
俺をじっと見つめる。

「・・なんだ・・。」

「・・・失礼・・。DIO様が、よくそのように、ご自分の
 お体を抱きしめている所を拝見しますが・・・・
 癖なのかと思いまして・・・。気に障ったら申し訳
 ございません・・・。」

部下に言われて改めて気がつく。確かに俺は自身の体を
抱きしめている事が多いようだ。こいつの言うように
癖なのかもしれんな。

「お前の言うとおりだ。ただの癖だろう・・・。」

「そうですか。失礼な事をお聞きしました。では。」

「ああ・・気にするな・・・。」

俺がそう答えると、男は深々とお辞儀をし
静かに部屋を出て行った。

奴には癖といったが、俺がなぜこんな事を
するのか本当の理由がなんとなく判る。

「親友」の温もりを無意識に求めているのかもしれない。

触る事でと「親友」と共に生きている喜びを
味わっているのかもしれない。

お互いに抱擁を交わしている気になれるからかもしれない。

俺は奴が持ってきた酒をグラスに移す。
ジョジョと最後に酌み交わした酒だ。
そして鏡の前に立ち乾杯の音頭を取る。
 

「俺たちの輝かしい未来の為に。
 これから真の勝利者となる
 俺たちに・・・・乾杯。」







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