ここはスピードワゴンが囚われている
ドイツ軍の屋敷の前。
いかつい顔をした門番たちが目の前を横切る
通行人にさえ目を光らせている。
いくら怖いもの知らずのジョセフでも
強行突破とはいかず、どこかにスキはないかと
建物の陰から屋敷の様子を伺っていた。
時折屋敷に入る人間のチェックをしているが
女性に対してはそこまで厳しい審査はない様だ。
その代わり男に対しては、気に入らないという
理由だけでも殴られるようだ。

(…やっぱり男に対しては厳しいな…。
 …よし!気は進まないけど…。)

チラリと辺りを伺うと、少し先の方に
女ものの洗濯物が干してあるのが見える。
しかもその傍には誰が落としたか知らないが
化粧を入れるポーチが落ちていた。

(ちょっと拝借しますよっと…!)

自分が泥棒なんてするところを見たら、きっとエリナは
呆れるかもしれない。その上女装迄しようというのだ。
縁を切られても仕方のない行為だが、事情が事情だ。
きっとエリナも許してくれると、ジョセフは何のためらいもなく
女ものの服を着用し、化粧をし始めた。


【俺の嫁宣告受けました】



ところでジョセフが厚化粧にいそしんでいる間、門番たちは
自分好みの来訪者が尋ねてこないことに不平をたらしていた。
さっきから職権乱用で女性の訪問者にセクハラを
まがいの事をしていたのが周囲にばれたのだろうか。


「ちっ!あれからなかなかいい女がこねーな!」

「お前のせいで警戒してんじゃねーの?」

「お前だって喜んでただろうが!」

門番たちがくだらない口論をしている背後で
突然誰かが咳払いをする。
いぶかしげな顔で後ろを振り向くと、
そこには一人の老兵が立っていた。

「なんだよ、じーさん。」

「誰がじーさんじゃ!この若造が!
 お前等の事を上司が呼んでおるぞ!
 ここはわしに任せてとっとといけ!」

そういって険しい顔で向こう側を指さす老兵に従い、
門番たちは肩をを落としながらしぶしぶ
上司の元へ向かう。どうやらこの老兵は階級は同じでも
立場は彼らより上のようだ。

「やべー…きっとお前のせいだ。」

「お前だって…!ち…まあいい。おいじーさん。
 ここに美人が通ったら俺達が来るまで
 待たせておいてくれ。」

「美人じゃと?例えばどんな?」

「美人像位分かるだろ?そうだな…
 目は大きくてまつ毛長め。
 胸がデカくて、腹はくびれてる。
 鼻筋はスッと通っていて
 口は…まあ普通でもかまわねーか…。
 人種は問わないが白人が特にいいな。」

それだけ伝えると仲間の男を追うように、
もう一人の男も屋敷の中へと消えて行った。
門番が老兵に変わって数分後、丁度タイミングよく女装した
ジョセフが老兵の前に現れる。

「あたくしテキーラ酒を持ってまいりましたの。
 通ってもよろしいかしら?」

化粧の匂いをプンプンさせながらジョセフが
老兵の前で酒をちらつかす。老兵はしばらく
いぶかしげな顔でジョセフを見上げていたが、
女装したジョセフを怪しんでいるというよりも
何かを一つ一つ確認しているようだった。
丸い眼鏡をずらしながらブツブツと何かを呟いている。

「目は大きくて…まつ毛が長い…。
 鼻の形も唇の形も問題なし…。
 胸が大きく、腹もくびれてる…。
 背丈は高いがまあいい。
 おまけに白人…よし…美人として
 問題ないな。通ってよろしい。」

「まっ!おじ様ったら見る目があるのね!」

門番たちには止めておいてくれと言われたことも
忘れて老兵はあっさりとジョセフを通す。
一方ジョセフは兵士の目を誤魔化せたことに
自信を持ったのか、女装のまま屋敷の中に忍び込んでいった。
本来ならジョセフのような大女が屋敷に忍び込んだら
目立って仕方ないのだが、辺りはそれどころでは
ないらしく、あちこちで怒号や悲鳴が聞こえる。

「…一体何だってんだ…俺の美貌に目もくれず
 皆バタバタ走り回ってやがる…。
 こりゃなんかスゲーことが起きたんだな。」

本音か冗談か分からない独り言をつぶやきながら
皆が走り去る後を追いかけていくと、ジョセフの
予想通り中では大変な事が起っていた。
通信室のような部屋の真ん中に、ただならぬ雰囲気を
纏った男が辺りの人間を威圧している。
多分周りの人間はドイツ軍の兵士たちだろう。
その中に混じって見た事のある老人が一人。
探していたスピードワゴン、まさにその人だ。
ジョセフは長いスカートを
たなびかせながらスピードワゴンに近寄る。

「おい!じーさん!こんなとこにいちゃ
 あぶねーぜ!」

「いらん!お前らナチスの助けなど…
 って?お…おおおお前さんは?」

どうやらナチの兵士とは思っていない様だが
いきなり目の前に現れた厚化粧の大女に
スピードワゴンは戸惑いを隠せないようだ。
仕方なく正体をバラすと
スピードワゴンは大きなため息をついた。

「ジョセフ…なんじゃその格好は…。
 エリナさんが見たらなんと言うか…。」

「そ…それは言わないで上げて…。
 仕方ねーだろ…。馬鹿正直に正面突破
 しろって言うのかよ…。」

今だブツブツと文句を言うスピードワゴンの
安全を確認すると、ジョセフは柱の男と対面する。
因みに柱の男の異常事態にパ二くっている軍人達の
前ではジョセフの女装も霞むようで、誰一人として
彼の姿に突っ込む者はいなかった。ここの
首領であるシュトロハイムでさえジョセフと柱の男の
成り行きを固唾をのんで見守っている状態だ。
柱の男も女装したジョセフに突っ込む
事もなく、じっと様子を伺っている。

「…。」

「はぁーい!お兄様!暴れちゃダメ!
 乱暴な男の人ってもてないわよ?」

誰も自分の姿に突っ込まないことをいいことに
腰に手を当てくねくねと体をくねらせ
ジョセフはお色気作戦で相手を骨抜きにする作戦に出る。
しかし柱の男は相変わらず無反応のままだ。

「お・ね。が・い!喧嘩は止めてン。
 止めてくれたらキスしてあげる。」

あくまで無反応な姿勢を貫く男にジョセフは
投げキッスをなげる。相変わらず兵士たちが
固唾をのんで静観している中で、ジョセフのふざけた様子に
あきれ果てているのはスピードワゴンだけだった。

(…あのバカ者め…相手が逆上して
 襲い掛かってきたらどうする気じゃ…。)

そんな心配をよそにジョセフはますます調子にのり
柱の男をさらにあおる。

「ちょっと!美女が話しかけているのに
 シカトすんのォ?」

「…どけ、おんな。邪魔立てすると
 女でも容赦せんぞ。」

きづいてないじゃと!?

無表情のまま柱の男がずいと詰め寄る。もともと細かい事を
気にしないタイプなのか、はたまた気にならない
タイプなのか、目の前の男は本当にジョセフの事を
女だと思い込んでいるらしい。
今だ自分にしつこく付きまとうジョセフに、
しびれを切らした柱の男が手を伸ばす。

「危ない!その男に触れてはいかん!!」

「えッ!」

スピードワゴンの一喝に
ジョセフはとっさに波紋の呼吸と共に
構えをとる。てっきりきつい一撃を食らうと
思いきや、意外にもその手はジョセフの
手首を掴んだだけだった。

「…?」

「え?あの?なに?」

ジョセフの手首を掴んだまま柱の男はなぜか
黙りこくる。そのままねじり切る訳でもなく
握りつぶす訳でもなく、顎に手を当てながら
何かを考えているようだった。

「ノックしないでもしもーし?」

「…不思議だ。お前のような女、はじめてだ…。」

そりゃそうじゃろうよ…。

「なんだ…あいつ…柱の男に
 触っても吸収されないとは…!!」

シュトロハイムたちが騒めく中、一人冷静に
突っ込むスピードワゴン。かたや
攻撃はしてこないものの、一向に手首を離そうとしない
柱の男の行為にジョセフもどう対応していいか分からず
取り敢えず会話を続けて反応を見ることにした。

「まー!そんなに私って魅力的?」

「…。」

「あの…取り敢えず離して下さる?」

相変わらず反応が鈍い柱の男に少しイラつきながら
いつまで掴んでいるのかと言わんばかりに
手を振りほどこうと抵抗を試みる。
すると柱の男は意外にもすんなり手を離し、
腕を組みながらジョセフを見つめはじめる。

(一体何だってんだよコイツ。何考えてるか
 さっぱりだぜ…。)

「体を鍛えているようだな。」

「そりゃあお前…俺はこれでも…いやその…
 こう見えても私、格闘好きだから。」

「理想だな。」

「はい?えーと…それって誉め言葉?」

「ずっと探していた。お前のような女を。」

「…え?」

その言葉に驚いたのはジョセフだけではない。
遠くで真剣に成り行きを見守っていた
スピードワゴンも思わず閉口する。

「俺に吸収されない女が存在していたなんて…。
 「つがい」の関係なんて諦めていた…。
 ましてや子孫を残すなど…。」

ブツブツ言いながら柱の男がにじり寄る。
何か嫌な予感がしてジョセフも思わず
後ずさりを始める。

「ずっと…子供が欲しいと思っていた…
 俺の血を継いでくれる子供を。」

え?あの?それってどういう…。

「俺の伴侶になれ。そして俺の子供を生め。」

いきなりの告白に一同耳を疑う。
一番耳を疑ったのは勿論他の誰でもない、ジョセフだ。

ノ――!!産める訳ないだろ!!
 俺は男なの!男!!見て判んないの?

「女の格好と化粧をしているのにか?」

「これはその…成り行きで…!!
 とにかく中身は男なんだよ!!ほら!!」

そう言って前をはだけると柱の男と同じ
平たい胸が露わになる。これを見て
流石に女だとは思うまい。しかし柱の男の考えは
ジョセフの予想の斜め上をいっていた。

「下もついているのか?」

「おうよ!アンタと同じ
 ご立派様もついてるぜ!」

除去だな。

「えっ?」

「子供を生むのにそんなものいらん。切れ。」

「ちょっとーー!?だから俺は男で…!!」

観点のずれている柱の男に必死に抗議するも
当の本人はまったく耳を貸さない。
柱の男は一人で騒ぎ立てるジョセフを
無視して、さっきから成り行きを見守っている
シュトロハイムに向かっておもむろに声をかける。

「おい、貴様。確かシュトロハイムと言ったな。」

「う…うむ。確かに俺はシュトロハイムだが…。」

「確かお前の国の医学は世界一と自負していたな?
 その言葉に嘘偽りはないな?」

「勿論!我がドイツの医学薬学は世界一ィ!!!」

「じゃあこいつを子供のうめる体にしろ。
 出来るか?出来るのならやれ。
 俺の言う通りにしたならば俺はこれ以上
 お前達に関わらん。さあ、どうする。」

「その条件が本当なら約束しよう。」

「交渉成立だな。」

てめーら!!本人の意見も聞け――!!

一銭の得にもならないジョセフの訴えに当然耳を貸す訳もなく
シュトロハイムが手をあげると、それを合図に
一斉に部下たちが無情にもジョセフを囲むように回り込む。
柱の男が敵に回らないと分かった今、
彼らに怖いものなどないのだろう。

一方一気に敵が増えてしまった
ジョセフは頭を掻きむしり、歯ぎしりをしながら
遠くで傍観している無責任な男を睨みつける。

シュトロハイムとか言う奴!!
あとでぶっ飛ばす!!

妻よ。

妻とかキモいんだよ!!いい加減お前も目を覚ませ!
 俺の顔をよく見ろ!!本当に俺でいいのか!?
 他にキャワい子ちゃん一杯いるだろ―が!

「お前もその厚化粧何とかしろ。
 見るに堪えん。」

厚化粧をしているというのは柱の男も分っていたらしい。
おもむろにジョセフの衣服でガシガシと顔を拭くと
化粧する前の男前(自称)な素顔が露わになる。
思い込みの激しい柱の男でも、流石にこれを見れば考え
直すだろうとジョセフがドヤ顔で口の端をつりあげる。

「どう?こんな男らしい俺でも…。」

「こんなに綺麗で大きな瞳をしている
 お前に化粧なんて必要ない。」

「あ…目の事言っちゃう?それはよく言われる。
 すっげーちっちゃいガキの頃、この目で女の子に
 間違われたってエリナばあちゃんいってたなァ。
 それにあんまりきゃわいくない女の子によく羨まれる。
 「ジョセフ、男のくせにその目ズルい!」とか言われて。
 …じゃなくて!!この太い眉毛とか見ろ!!首も
 太いし筋肉だって…!!」

「かまわん、か細い女に俺の妻は務まらん。」

スピードワゴンのじーさん!!俺の代わりに
 こいつを説得してくれ!!俺無理!!
 本当にもう無理ーー!!

ジョセフの真摯な叫びに、束縛されたスピードワゴンが
応えてやれるわけもなく、結局ジョセフ一人で
全てを片付ける羽目になった。
そしてジョセフはこれを機に
二度と女装はしないと固く誓うのだった。


おわり