真っ暗な廊下を僕はひとり歩いている。
長い廊下にいくつか見える檻の部屋。
真っ暗なはずなのに何故か見える。
おかしい、僕は吸血鬼ではないのに。


なぜ?いつから僕はここにいるのだろうか。
どこからか僕を呼ぶ声がして気づいたらここにいた。



【僕の戻る場所】




ポケットを何気なく探ると星の形をした二つの鍵。
これはどこの鍵だろう、ここの檻の鍵だろうか。
見たところ檻のついた部屋は四つ、でも鍵は二つ。
二つあるけど鍵の形はまるで同じ、なぜ同じ物が二つも?


檻を何気なく見るとそこには名札がついている。
ジョナサン・ジョースター、僕の名前だ。

しかし檻の中は誰もいない。
ここが僕のいる所だとしたら
いないのは当然なんだけど・・・。


試しにドアを開けてみるがビクともしない。
普通に鍵が掛かっているようだ。
僕の部屋の隣にもうひとつ部屋がある。
名札はついているけど何故か読めない。
でもその中には確かに人の気配がした。



僕が覗くとそこには男が倒れていた。
心配になって呼びかけると、その男は僕に近づいてくる。
顔は見えない、ただ背格好は僕と変わらないようだ。
どうも軍人らしいが、かなり衰弱しているのかふらふらしている。

誰だか判らないけど弱っている人を見捨ててはおけない。
僕は檻をあけようと錠に鍵を差し込もうとするが
その男に手首をつかまれ止められる。
軍人風の若い男はそのまま僕に頼み事をする。
自分より隣の若者を助けて欲しいと。

男はそういって僕の手首を離したので
彼の言う通り隣の部屋を覗く。

そこには彼の言う通り、若い男が倒れていた。
名札はあったがやはり名は読めない。


僕は男に彼は誰かと尋ねる。

彼はそれに答えるのだが
肝心な名前がどうしても聞こえない。
ただ彼にとって隣の若者は
かけがえのない存在らしい。

そしてその若者は
何かをつなげる大事な役割をしているという。


一体何をつなげるのだろう。
それを聞こうとすると
男に先に助けて欲しいとせかされる。

早くしないと死んでしまうと。

もし男の言う事が本当なら彼の命が
終わりに近づいているということだ。


正直目の前の男も気になるが、
先にどうしても彼の望みを叶えてやりたい。

僕は頷くと、隣の部屋へ急いで走る。
檻に手をかけると、若い男が僕に話しかけてくる。


「あんた・・・助けてくれるのか・・?」


若い男はやはり僕と同じ背格好だ。
どうしてそうなったのか判らないが左の下腕がなく
そこからおびただしい血が流れていて
生気のない緑色の瞳が僕をじっと見つめている。

まだぼやけているが、彼は多分僕よりも若いだろう。
なぜかさっきの男よりはっきり姿が見える。


急がなくては、彼の顔には血色がない。
僕は慌てながら鍵を開ける。
力なく笑う彼を励ましながら鍵を開ける。
その途端、彼が凭れかかっている後ろの壁が眩しく光る。
まるでそれは朝日のように辺りを照らしていく。
彼はその光に飲み込まれながら僕に向かって叫ぶ。


「なあ!神様!頼みがある!もし俺の・・・・達が
 ここに送ってこられたら、そいつらも
 助けてやっちゃくれねーか?」


まただ、また肝心なところが聞き取れない。


「軍人の男のひとが来てたけど・・・。」


「ごめん、俺はそいつがどんな風貌かは判らねーんだ。
 ただそいつが俺の・・・・だったら・・・
 そいつは俺達の・・・を繋ぐ大事な役目をしてるんだ。
 だから・・頼む・・・。」


彼はまた、隣の軍人と似たようなことを言った。
そして一層光は強くなり若い男の姿は一瞬にしてなくなった。
何が起きたのか理解できず暫くの間呆然としていたが
軍人の男が僕を呼ぶ声に我に帰る。


そうだ・・彼と相談しないと。

僕が檻に近づき彼にその話を持ちかけようとすると、
とりあえずお礼を言われる。
隣の彼を助けた礼らしい。
そして今度は、その彼の言う助けてほしい人物も
じきに来るので助けて欲しいと言われる。
その人物との関係はやはり聞き取れなかったが
自分とは違う人間らしい。
僕が鍵は一つしかないと告げると男は、


「それでもいいから頼む。」


そう僕にお願いをした。


正直複雑だが彼の言う通りにしよう。
どうやらその人物にも命の危機が迫る可能性があるらしい。

急がなくては・・だが途端に意識がブラックアウトする。

そしてどのくらいたったかわからないが、
気づいたときは僕は廊下の冷たい床に倒れていた。

頭の先からくぐもったうめき声が聞こえてくる。
声のした方に歩み寄ると
檻の中には少年がぐったりと横たわっていた。


彼は僕が近づいたのが判らないのか
動く気力もないのか、ピクリとも動かない。

僕が檻に手をかけるとようやくそれに気づいたのか
むっくりと起き上がる。


絶え間なく漏れる苦しそうな呼吸を
なんとか抑えながら少年は僕を見る。
少年の瞳は青いが、他の二人や僕とは違い、
アジアの血が混ざっているような顔立ちだ。


ただ、確実に言えることはさっきの青年に彼は似ている。
体を見ると無数の刺し傷がある。
可愛そうに、確かに急がなければ死んでしまうかもしれない。
だが僕が動く前にまず彼が動く。
そして鍵を開けようとする手を制止しながら僕を見つめる。


彼は僕が何者か尋ねる、当たり前の質問だ。
僕は名を名乗る、彼は首をかしげる。
そして一言、よく聞こえないと詫びを入れてきた。

とりあえず僕は味方だと教えると信じてくれたのか
安堵の溜息をついた。
そして今度は感謝の意を言葉にした。
次に彼は、少し質問がしたいといってきたので僕は頷いた。


彼の質問はこうだ。

ここはどこで、自分のほかに誰かいるかと。
ここがどこだか僕でさえわからない、
ただ他の人間は二人いて一人は君と余り年の変わらない青年で、
もう一人は軍人風の男だと答えた。

そして二人とも瀕死の状態だが
一人の青年は光の中へ戻っていったと伝えた。
そしてその青年と軍人は、
君を頼むと言い残した事も伝えておいた。


するといきなり少年の目が見開き、僕に詰め寄り、
男の老人は来なかったかと尋ねてくる。
ここにはいないと伝えると、
少年は帽子を深く被り、舌打をちした。

僕に背中を見せているので判らないが
多分少年は悲しんでいるのだろう。

彼は悲しみを声にしないが、その背中が泣いている様に見えた。
多分彼の肉親・・・祖父なのかもしれない。
少年の悲しみようからして
老人に何か起こったことは間違いないだろう。


慰めてあげるべきか。
しかし何といって慰めようか?
理由を聞くことにより彼を更に傷つけてしまうかもしれない。


自分の手と口がもどかしい。
慰めるための口も宥める為の手も、今は何も役に立たない。

僕が押し黙っていると、彼が再び後ろを向いたまま
僕に話しかける。

そして素直に「助けて欲しい」と願いを口にした。


そうだ、僕に今できることは彼の願いを叶える事だ。
僕は返事をすると錠に鍵を挿し入れる。
するとさっきの青年のいた檻の様に後ろの壁が
ぱっと光り、少年を少しづつ包み込んでいく。
少年は自ら光に近づき僕に礼を言った。


「・・・誰だか判らんがありがとうよ。俺は何が何でも倒さなきゃ
 いけねーんだ。ジジイや亡くなった仲間達のあだ討ち、
 お袋の命を救うためにも。例え相手が・・・。」


少年の体が光でぼやける、辛うじて声だけが聞き取れた。


「俺の先祖だったとしても。」


「えっ・・・。」


彼はその言葉を最後に光に飲み込まれ、
跡形もなく消えていった。

再びあたりは静寂に包まれる。

僕はただ呆然と立ち尽くし
彼のいなくなった部屋をぼんやりと見ていた。

心に残るわだかまり、聞きたい事があったのは僕の方かもしれない。
ふと、僕を呼ぶ声に我にかえる。しまった、まず彼を何とかしないと。
あの男が危ない、慌てて駆け寄ると
男の体はもう消えかかっていた。
僕が檻を壊そうと柵を握ると、軍人の男は
優しく笑って僕の手を押さえた。

僕と同じくらいの大きさの手が
僕を宥める様にそっと添えられる。


「望みを叶えてくれてありがとう。これで安心して逝ける。」


彼の顔は判らない、だが声がとても穏やかだ。
本当に心から安心しているのだろう。
だが反対に僕の胸は締め付けられた。


「そんな簡単に諦めては・・。」


「私は元々死ぬ運命にあるんだ。だが彼らは死ぬ運命ではない。
 だから貴方に頼んだ。もしこの願いが聞き取られなかったら、
 私はきっと永遠に悩み苦しむ事になるだろう。ありがとう。
 さあ、もう逝くとするよ。これだけが気がかりであの世に行けなかった。
 妻も母もきっと待っている、願わくば父もそこにいると嬉しいのだが。
 母によく聞かされた、父は立派な男だったと。俺達や世の人のために
 戦って死んだと、そんな人物が天国にいないわけが無い。そう思うだろ?」


 もう彼の手のぬくもりも感じない、僕に出来るのは肯定してあげる事だ。


「ああ、勿論だ。ところで・・・君の名を聞いていいかい?」


「私の名は・・・・・だ・・・。」


そう言うと男の体は完全に消え、辺りはまた静寂に包まれる。
そして僕の胸に相変わらずわだかまりが残っていく。


(なんで・・・なんで名前を聞こうとすると・・。)


暗い空間に僕はまたひとりになる。
そういえば僕はどうしてここにいるんだろう。
呼ばれたから?多分呼んだのは彼、自分を犠牲にして
二人を助けた立派な男。


そしてここは多分死の狭間、死ぬべきか生きるべきか
決断を迫られる場所、瀕死の者がくる所。

でも僕は瀕死ではない、だって僕は死んだから、
彼と一緒に死んだから。


なら何故僕はまだここにいるのだろう。
僕を呼んだあの軍人はもういない。
そもそもいつからここにいるのだろう。
あの軍人のように成仏できないからだろうか。
かつて友と呼んだあの男も成仏できていないのだろうか。
でも友はここにはいない、天国と地獄が本当にあるのなら、
彼は地獄へ行ったのだろうか。

かくいう僕も天国に行くにふさわしい人間なのだろうか。


ふと思い出す、自分の名札のついた檻。
何気なく戻る、誰もいない自分の檻へ。
名札を見上げると自分の苗字、でも変だ、
名前が消されている。

そしてその中に誰かの気配、
誰もいるはずが無いのに思わず覗く。
薄暗い闇の中、男が僕を見ている。

忘れるはずも無い。

僕と共に死んだはずの男が静かに佇んでいた。


「何故君が・・・。」


「他の奴らと同じ・・・といえば判るか・・?」


彼は確かにさっきはいなかった。
つまり彼は生死の境を今、さまよっているんだ。
久しぶりに再開したことよりも驚いたのは、
彼がさっきまで生きていたという事実。


「君は今まで・・・生きていたのか?」


「そういうことになるだろうな。」


「そして今・・・その命を終わらそうとしているのか。」


「好きに解釈しろ。」


面白くなさそうに彼は言う。
間違いない彼は今まで生きていた。
そして今、瀕死の状態だ。
あれからどうやって生き延びたのか判らない。

でも僕は・・・。


「・・・僕は君を助けないよ、他の二人のように
 助けたりしない。」


だって鍵はもうないし、あったとしても渡さない。


「だろうな、期待などしておらん。・・それよりお前は
 ここがどこだかうすうすわかってきたようだが、
 ここにいた連中が誰だか判っているのか?」


「・・・判らないよ。でも君とは違う立派な意思を
 持った仲間思いの若者達だ。」


「それはそうだろうな、何しろ奴らは同じ身内だからな。
 因みにあの小僧共は祖父と孫の関係だ。」


「やっぱり・・・。」


あの二人はどこか似ていた。
背格好も顔も、そして互いを気にかけていた。
全くの無関係ではないと思っていたけど
まさか身内とは思わなかった。


「そしてその二人の犠牲になった男は「祖父」の方の小僧の
 父親に当たる。ただ、奴は息子が生まれたことも
 知らないようだがな、子供の顔を見ることも出来ず
 死んでしまったようだからな。」


彼の言葉が自分の胸に突き刺さる。
ああ、僕と同じだ。
生まれてくるであろう自分の子を
抱きしめてあげられない無念が判る。
僕も最後にわが子を抱きしめてから死にたかった。


「可愛そうに・・・。もし知ってたら
 彼らを会わせたあげたのに。」


「誰かに似ていると思わんか?なぁ・・ジョジョ。」


「僕だって言いたいのか?その通りだよ。
 そしてその幸せを奪ったのは君だ。」


「可愛そうにな、父と同じ運命を辿るなんてな。」


さっきとは違う意味で彼の言葉が胸に突き刺さる。
彼は今なんと言った?誰と同じだと言ったんだ?
おそるおそる今の言葉を聞きなおす。


「今・・・なんて?」


「父と同じ運命だといったんだ。もう一度言おうか?」


「なんだって!まさか・・まさか・・。」


意味ありげな彼の言い方に全てを悟る。
彼の言う事が本当なら・・ここにいたのは全て・・。


「この死の狭間に入れるのは同じ血の流れる一族だけ。
 お前は何故ここにいる・・・?」


「じゃあ・・・今あってきたのは・・・すべて。」


「お前の子孫達だ。」


なんてことだ。
さっき会ったあの軍人は僕の息子だというのか。
この手で抱きしめる事はおろか、救う事も出来ないなんて。
余りの悔しさと無念に奥歯が軋んだ。
だがそれよりも、僕の子孫達を苦しめた犯人に憎しみを覚える。
残念だが思い当たるのは一人しかいない。
僕は彼をきつく睨んだ。


「DIO!!まさか君は僕の子孫たちまで!!」


「誤解するな、確かに最後の小僧とその「じじい」
 は俺が手にかけた。だが、お前の息子と若かりし頃の
 お前の孫には手は出していない。もちろん
 俺の部下でもない。・・・やれやれ、
 だからどうしたって顔をしているな。そんなお前に
 朗報だ。じじいとその孫は無事生還出来たぞ。どうだ?
 これでお怒りは解けたか?」


ふざけた言い方にまだ怒りは残っているものの
あの二人が無事だと聞かされ心が少しづつ晴れていく。
良かった、彼には悪いが確かに僕には朗報だ。

「じゃあ、僕の子孫達が君を・・・。」


「でなきゃ俺はここにいない。」


「・・・・そうか、なら僕のすることは決まった。
 君をここから出さない。息子のように消えて
 成仏するまでは・・・。」


今度こそ見届ける、前回のような失敗はしない。
そして僕も君と同じ運命を辿る。
僕は多分、君が生きているという
未練が残っているから成仏が出来ないんだ。
だから瀕死でもないのに、ここにいるのかもしれない
さっきの僕の息子のように。


檻の前で仁王立ちしていると
DIOはそんな僕の姿をおかしそうに眺める。
何がおかしいのだろう、気をつけなくては、
彼の事だ何か企んでいるのかもしれない。


「だが・・・成仏はいつになるか判らんぞ?因みに
 俺はこういうものを持っているんだがな。」


彼は自分のズボンのポケットに手を入れると、
取り出したものを見せ付けるように僕の目の前に出す。


「その鍵は!!」


「この鍵はな・・・肉体のあるところに戻れる
 鍵だ。無論生きている肉体のある場所にだ。」


クルクルとその鍵を回して遊ぶ。
まるで僕をからかうかのようにみせつけて。
もしあれを使われたらまた彼は生き延びてしまう。
そして再び世の中を混沌に陥れてしまうだろう。

止めなければ、でもどうやって。


「君はその鍵を使うつもりか!させない!」


僕は慌てて扉を開けようとする、しかし鍵はない。
何とか壊せないだろうか、だが扉は意外にも
DIOの手によって簡単に開けられる。
そして入り口を塞ぐ僕を押しのけると再び扉を閉め
睨む僕を無視してDIOは無防備に背を向ける。
気をつけなければ、彼は何をしてくるか判らない。
暫くの無言のうち、彼はようやくその口を開く。


「・・・正直俺は少し疲れている。直ぐに戻る気は
 さらさらない。少しの間ここで英気でも養おうと
 思うんだ。幸いな事にお前もいるしな・・・。」


ちらりと金色の目が僕を捕らえる。
瞬間背筋が凍る。

彼は僕に何をしようとしているのか。
有り余る時間を使い僕を洗脳しようとでも言うのだろうか。
それで自分の手下にでもしようとしているのだろうか。
だけど僕は君の思い通りにはならない。
君も僕も一人で消える運命なんだ。


「・・・悪い奴には孤独がお似合いだ!
 僕は君と馴れ合う気は無い!」


「ならお前はどこに行くんだ?」


「ぼ・・僕はこの部屋の前で君が消えるまで・・・。」


「消える?この鍵を俺が持っているのにか?
 因みに俺はこの部屋からいつでも出れる。
 ここ以外の空間には出られないがな。
 そしてそれはお前も同じ事。
 俺がいつまでも黙ってお前に監視される事を望むと思うか?
 好きにさせてもらうぞ、お前がいかに拒もうとな。」


不適に笑うと鍵を持った手をそのまま自分の胸に埋め込む。
取れるものなら取ってみろと僕を挑発するように。


「俺を癒せ、ジョジョ。」


ゆるりと彼が動く、胸を見るとまだ穴はふさがっていない。
チャンスは今しかない。


「・・・DIO・・・僕を昔の僕と思うな。」


彼が近づくと同時に胸に自分の手を思い切り埋め込む。
生々しい肉の感触が伝わり、嫌な感触に思わず鳥肌が立つ。
彼は痛みを感じていないだろうが、理由はどうあれ
人の肉体に手をめり込ませているのだ。
指先に鉄の手ごたえを感じ一気に引き抜く。
その鍵は血まみれにはなっているが
無事取り出せたようだ。


「とったぞ・・・、これは君の手に渡さない!
 これでもう君は再び生きて戻れない!」


「ほぅ・・・見上げたものだな。だがまた俺が
 取り返せばいいことだ。」


胸を押さえながら彼は近づいてくる。
彼の言うとおりこのまま持っていてもいつかは取られる。
なら方法はこれしかない。
僕は素早く自分の名札のついた檻に戻り、錠に鍵を差し込む。


「それは無理だ。なぜなら僕が使うから。」


「・・・本気か?」


彼の顔色が変わる。
僕がこうすることなど
全く想像していなかったのだろうか。


「勿論だ・・・。僕は戻る、生きた自分の肉体へ。
 例え二度君と戦う事になっても、その時は
 必ず僕は生き延び、君の命は終わらせる。」


今度こそ君の長き野望に終止符を打つ。
君はもう安らかに眠るべきだ、僕は君の最後を必ず看取る。


「ジョジョ・・・やめろ・・。」


「そして・・息子と・・エリナと幸せに暮らすんだ。
 さよなら、DIO・・・。」


錠の開く音、扉は開いた。
だが僕を包み込んだのは光ではなく闇。
そして再び目を開くとそこにはさっきと同じ風景。

そしてさっきと同じ男が
僕の目の前にいる。


「え・・・・。」


「お帰り、ジョジョ。」


DIOが笑いながら僕を迎える。
どういうことだ?僕は生きた体のところに
戻れたんじゃなかったのか?


「な・・・なんで・・・?」


「どうしたんだ?その顔は・・・。ああ、あれは因みに
 偽者ではないぞ。ほら、こっちを使ってみろ。」


DIOはそう言うと僕に鍵を見せる。
因みに僕の手からはさっきの鍵がなくなっていた。


「何を言ってる!二つもあるってことはどちらか偽者
 だといっているもんじゃないか!」


「これはさっきの鍵だ。」


「証拠は!?」


確かに形は同じだが同じ形の鍵があったのかもしれない。
しつこく食い下がる僕にDIOは呆れ顔で提案を持ちかける。


「証拠といわれてもな・・・。そうだ、今度は
 自分の血で文字でも書いてみろ、そして使ったらどうだ?
 俺は後ろを向いててやる。」


そう言いながら僕に鍵を投げ渡し、後ろを向く。
どうせ無駄だとまるであざ笑っているかのような態度だ。


「ふざけた真似を・・・。」


僕はさっきの血のついたままの手で名前を書く。
そしてさっきと同じように錠に鍵を入れる。


(こんどこそ・・・。)


扉を開き、目を閉じ・・そして開ける。


そして僕は絶望する。


「・・・・・。」


僕の手に鍵はない、そしてその鍵はDIOが持っている。
その鍵には僕の血文字がしっかりとついていた。


「・・・・ほら・・・さっきの鍵だ。
 どうしても信じられんなら
 もう一回血文字を確認するんだな。
 それとも今度は唇に血でも塗って
 キスマークでもつけるか?ふふ・・。」


「最初から・・僕が使えない鍵を渡してるんだな!
 僕をからかうために!」


「それはちがうな、お前は確かに
 生きていた体に戻ろうとしている。だが足りないんだ。
 お前だけじゃ足りないんだよ。」


聞き分けのない子供を言い聞かす様にDIOは
僕の両腕をがっしりと掴む。


「何が足りないんだ!」


「ジョジョ・・・俺が最後に行った言葉は
 覚えているか?一つはお前の体をもらう事。
 そしてもう一つは俺が何が何でも生き延びると
 宣言した事。」


彼の束縛からのがれようと、体を捩りながら必死に思い出す。
確かにあの時は僕が事切れるまで彼の声が聞こえていた。
僕は彼を逃がすまいと彼の首をしっかり掴んでいた。
確かにそれから先はわからない。


「・・・・・。」


僕は彼を凝視する。
今まで彼は生きていた。
それは何を意味するのか判らないはずがない。
ただ認めたくなかっただけだ。


「お前が死ぬ間際に俺は死んでいたか?
 お前はそれを確認したのか?」


DIOは僕の頭を掴むと自分の肩の後ろの星を見せる。
何度も見たこともある見慣れた星がそこにある。


「俺はあの後、今日に至るまで百年も生き延びたぞ?
 まだ暖かい・・お前の体を頂いてな・・。」


DIOの手がショックを受けている僕の背中にまわり、
まるで子供をあやすように優しく叩く。


「・・・ようやく判ったか?お前の生きた体は
 俺と共にあるんだよ。お前の体は俺の体でもあるんだ。
 お前と俺が揃ってこそ一つの命になるんだ。
 だから俺が瀕死ならお前も瀕死になる、判るだろ?」


ようやく判った、いまだ僕がここにいる理由。
僕が彼より先に何度かここに来たのは、
子孫達の強い思いに呼ばれたからだろう。
彼は僕の手を、かつての僕の体の胸の部分に当てる。
そしてとても哀れむようにして僕を見つめる。


「だから俺はお前を止めたんだ。やっても無駄だと。」


ああ・・だから僕は何度もここに戻るんだ。
僕だけでは意味がないから、無駄だから。
『お前だけでは足りない。』

DIOの言葉が脳裏から離れない。
彼の言うとおり僕らは二つで一つの命なんだ。
僕が戻る時は彼も戻らなくてはならない。
どちらかが戻らなければ、生きたあの体に戻れない。


もし彼が英気とやらを養い、再び戻ろうとする意思が芽生えたなら
例え僕が拒否しても、彼は僕も無理やり連れて戻るだろう。
そして戻れたとしても僕の体は彼の体。
彼は僕であり僕は彼だ、ただし意思は君のもの。
見るのも君、考えるのも君、味わうのも君。
行動するのも体験するのも全て君。
僕は全てを君に支配されているだけの存在。
どんなにあらがっても僕は結局君に逆らえない。


「そんな悲しい顔をするな、切なくなるだろう?
 俺だって今やりきれない気持ちなんだ。せっかくの野望が
 お前の子孫達のせいで、粉ごなに壊されたんだからな。」


彼はそう言って僕を強く抱きしめる、少し息が苦くなる位に。


「お前の子孫達のせいだぞ?責任を取れ。

 その博愛の精神で俺を慰めろ。俺が再び目を覚ます

 そのときまで、俺の身も心も癒してくれ。」


彼の僕を掴む力が一層強くなる。
彼の口調はとても穏やかだ。
だが彼に僕を労わる気持ちは微塵もない。
彼の体から湧き出る怒りを感じる。
暴れだしそうになる欲望を
必死で押さえつけているのが判る。


「いつまで・・いつまで僕を苦しめれば・・。」


「苦しむ?それはお前の気の持ち方次第だ。お前が俺を
 いつまでも拒んでいれば、そりゃあ苦しいだろうよ。
 だが、俺を愛せば苦しみは喜びに変わる、違うか?」


首筋に歯を立てられた瞬間、彼の力が緩んだ隙を見て
僕はとっさに彼から離れ距離を取る。
いまので彼の僕に対する欲望が判ってしまったからだ。
冗談じゃない、君の暇つぶしの為に
全てを差し出せというのか。
ジョークにしても趣味が悪すぎる。


「そんなことできない!」


「なら、俺がその頑なな考えを壊してやろう。
 ああ楽しみだ。一度やってみたいと思っていた。
 俺の手で堕としてやりたいとな。反抗するもいい。
 諦めて、すぐ俺の手に堕ちるのもいい。
 さあ、お前はどっちだ?どうせ俺達のほか誰もいない。
 俺達の関係を非難する奴も、からかうやつもいない。
 思う存分楽しもうではないか。ありのままのお前を
 みせろ。恥ずかしがる事など何もない・・そうだろう?」


DIOの表情が狂喜に歪む、やはり彼は変わっていない。
思わず後ずさりするが見えない壁に阻まれる。


「君という・・・男は!」


まさかこんな所で彼と戦わなくてはならないなんて。
しかし彼は手負いだ。勝機はあるかもしれない。
だが手負いの獣ほど危ないものはない、彼らは必死だからだ。
勝てるだろうか、こんどこそ。




やがて戦いの幕は開けられる。


だが限られた狭い空間での争いは直ぐ終わる。


必ず力の強いものが勝ち、そこに正義など存在しない。


そう、僕は負けた、今彼に征服されている。


でも、心は征服されたりしない。


何度やられても、何度やられても決して挫けたりしない。


無駄だと判っていても何度もあがく。


彼はそんな僕を見て毎回楽しそうに笑う。


本当にひどい男だ、いつもそう思う。


でも彼はひどいことをしておきながら、

最後にはいつも僕に優しくする。


そしてまたひどいことを繰り返す。


それなのに僕にその優しさを信じろというのだろうか。

それは到底無理な話だ。


でも時々思う、彼が一瞬真剣な顔をするその度に。


彼が本当に僕に好意を抱いているというのなら

それを受け入れてあげるべきなのかと。


彼に聞かれる、何故自分を受け入れないのかと。


言われるたびに考える、憎むべき敵だから?

同性だから?常識的にありえないことだから?


わからない。どう答えればいいか判らない。


いや本当は判っている、どうすればいいのかも。


彼にかけているものを僕が身をもって

教えてあげなければならないんだ。


だけど僕の理性と埋め込まれた常識が

その答えの邪魔をしているんだ。


判らないのは彼の想いに応えるべきか否かだけだ。


でも、わからない、わからない。


教えてくれる人は誰もいない。


だから今日も考える、彼に征服されながらも

一体自分はどうするべきなのかと。

 



俺は友を征服する、友は毎回抵抗する。


だが結局は最後まで俺に征服される。


こいつは何にそんなに抗っているのだろう。

俺が憎むべき相手だからか?それなら仕方ない。


好きになってもらうように努力するまでだ。

あくまで俺のやり方でな。


俺はたまに友に聞く、俺に抗う理由を。


友は口ごもる、上手く言葉が出せないようだ。


成る程、俺が憎いからだけではないようだな。

俺を睨む顔にも、どこか迷いがあるように見える。


もう少しか?もう少しで堕ちるか?


なぁ、ジョジョよ、俺がお前をただの遊びで

抱いていると思っているのなら大間違いだ。


だが俺の本音をお前に言ったところで

快くは思われないだろうな。


なあ、ジョジョよ。


俺はお前が抗っている本当の理由が判る気がする。


お前を縛っているものはとてもくだらないものだ。


常識も理性も無駄なものだ、全て捨ててしまえ。


どうして一般と同化しようとする?奴らの決めた

ルールに従おうとする?


本能に忠実になれ、この俺のように。


俺にいつまでもお前を征服させるような

野暮な真似はさせないでくれないか?


俺はただ純粋に、お前と幸せと悦びを共感したいんだ。


俺に何が足りないかお前はもう判っているんだろう?


ならお前がそれを満たしてくれ、お前ならできる。

きっとお前でなくては駄目なんだ。


でないと俺はまた歪んでしまう。

お前を征服する事にしか喜びを感じなくなってしまう。


俺を変えてみせろ、本当はわかっているんだろう?




どうすればお互い「楽」になれるのかを。






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