燃え尽き、落ちる星はどうなるだろう。
地に落ちれば砕け、土の一部となる。

海に落ちれば沈み、やがて砂になる。

ただ海も大地もない場所だったらどうなるのだろう。

永遠に宇宙をさまようのだろうか。

その形を留めながら。


{誘われる星}


{温もりを与えた星}


僕は友達の笑顔が好きだ、仲間の喜ぶ顔が好きだ。
いつも思う、世界の皆が幸せであればどんなに素晴らしい事か。

でもそれは叶わない、誰かが笑えば誰かが泣く。
きっとどんなヒーローだって世界中を幸せにするなんて
できないだろう。

僕はヒーローじゃない、でもやりたい。
周りの人間を幸せにすることを。
人間だけじゃなく生きとし生ける全ての命に幸せを。
でも全員は無理だ、まず身近な命を幸せにするんだ。

 



僕は今、人ならざるものと一緒にくらしている。
彼は僕の大事なものを奪っていった憎い奴だ。
それなのに一緒に暮らしている、だって仕方ない。
大事な仲間たちを守る為にそれしか方法がなかった。

仲間たちを救うための条件
それは彼に従う事、彼だけを見つめる事、
彼とだけ会話する事、ここからでない事。

彼は僕を抱きしめる、ああ、なんて冷たい体なんだろう。
思わず体が震える、寒いから?怖いから?
いいや怖くなんかない、寒いからだ、そうに決まっている。
彼は僕を抱いて気持ちがいいという、その温かさが
堪らないのだと。

でも僕は気持ちよくなんかない、寒くて寒くて
彼の体は冷たくて、かわりに僕の熱が奪われていく。
カチカチと奥歯が鳴り体が震える。

彼は尋ねる、「怖いのか」と。
怖いものか、寒いんだ、寒いから震えるんだ。
彼は僕の体を撫でる、肌がぞわっとしてまた体が震える。

彼は尋ねる、「寒いのか」と。
僕はそのままこくりとうなずいた。
彼は冷たい目で僕を見つめその口元を歪ませた。

今思えば僕の考えは、なんて浅はかだったんだと悔やまれる。
あのあと僕の体は、彼のいいようにされてしまった。

確かにその時僕の体は暖かくなった、「寒い」などと
言えない位に暑くて暑くて汗をかく程に。
体の中に火が灯った様にじっとしていられなくなった。

そして彼の体も暖かくなる、僕を抱いてた部分の
熱を奪って自分の物にしたようにじわりと暖かくなった。
満足すると彼は僕の元から離れていく。
また自分を温めてくれと言いながら彼は去っていく。

残された僕はベットの上にぼんやりと座る。
途端に冷めていき震えだす体。
ベットの傍には暖炉が置いてあり、炎がパチパチと燃え盛る。

僕は炎のそばに近寄り手をかざす。
体が震えるんだ、止まらないんだ、早く温めたい
でも震えが止まらない、どうして?
こんなに炎に近いのに、顔と手だけは熱いのに
体がどんどん冷えていく。
涙が顔を濡らすけど、顔と目頭は熱いままで
心はどんどん冷えていく。

寒い、寒い、心が寒い、どうすればいいんだろう。
誰か僕に教えてほしい。

伸ばした手が宙を掻く。
ああ・・・そうだった、この「世界」には彼しかいない。
彼がいなければ僕は一人ぼっちだったんだ。

昔はよく仲間同士でくっつきあって温めあった。
仲間って不思議だ、体だけでなく心まであったまる。
でも・・・仲間と言えるものは出来るのだろうか?
これからずっとずっと先も・・・。

僕はまるで繭の中にはいった蚕のように、シーツに
くるまってひたすら襲い来る体の震えに耐えた。

あいつだ、あの男が僕の熱を奪ったんだ。
だから僕は寒くて震えるんだ、そうだそうに違いない。

そしてあの男は毎日僕の熱を奪いにやってくる。
僕はひたすら耐えるしかない、皆を守る為にも。
だって逆らうと皆が殺されてしまうから。
あの男がまた僕から大切なものを奪っていってしまうから。

そんなある時、あの男が僕にプレゼントをするといってきた。
正直欲しくないと思った、またろくなものじゃない。
例えばこの永遠の命のように。

でも、今思えば「いらない」といわなくてよかったと思う。
だってそれは死んだと思った仲間の命のプレゼント。
あの男に殺されたと思っていた仲間がよみがえり、僕の前に現れる。
夢でも見ているかと思ったが
この嬉しくて締め付けられるような胸の痛みが
現実であることを教えてくれる。

仲間は僕の事を覚えていなかったがそれは仕方がない。
あの男が記憶を消したんだろう、でもいいんだ生きてくれれば。

僕は前回のように窓の外から仲間を見送る。
今度は悲しくない、出る涙もうれし涙だ。
ああ、久しぶりに心が満たされた気がする。
そんな僕を見ていた男が静かに近寄ってきて
そして僕に質問をする。
お前の最も憎むべきものは何かと。

憎むべきもの・・・それはお前だ。
だって僕の大事なものを奪った・・・。
だけどそう言おうとして考え直す。

彼は奪った命は返してくれた、形見はもう戻らないけれど。

いや、彼は友達に恐怖を与えた。

でも友達は恐怖を忘れていた、
僕の事は忘れてしまっていたけれど。
 

あれ・・・?


形見を奪ったのも、友達との記憶を奪ったことも
許せないことだけど、そこまで憎い程だろうか?

でもでもでも!彼は僕を無理やり・・・。

だけど彼は言う、そこまでしても僕を欲しいのだと。
僕の気持ちが欲しいから無理やりしているのだと。
本当は僕の優しさが欲しいのだと。

彼は言う、自分を慕う部下は沢山いても
僕のように心から温めてくれる部下は一人もいないのだと。

君は本当は寂しいの?
幸せじゃないの?
だから僕を求めるのかい?
悪い事をするから寂しい思いをするんじゃないの?
それとも寂しいから悪い事をするの?

昔お父さんが言っていた事が頭をよぎる。
最初から悪人として生まれてくる人などいないと。
悪い事をするのは病気になるのと似ていて
病気になった人は治してあげるもので殺すものではない。
悪い人はやっつけるものではなく
悪い事をしようとしている心をやっつけるものだと。
その人の心に巣食う悪魔を退治するのが本当の正しい行いだと。

それは僕もそう思う。
だって人は環境によって変わる。
僕は愛されて育ち、愛されることの喜びを知っているから
人を愛せるし、人に優しくできるんだ。

でももし愛されなかったら?
迫害を受けて育っていたら僕はこんな綺麗事をいえるのだろうか。

僕は彼を悪人だと思っている。
でも・・彼を悪くしたのは一体誰だろう。
そもそも彼は本当に悪人になりたかったのだろうか。

相変わらず「約束」は続いている、僕の相手は彼以外いない。
だって今住んでる「僕の世界」は彼しかいない世界だから。

今日も彼は僕を抱く、心の中から温めて欲しいと言って。

もし・・・ずっと温めてあげたら、彼の心はとけるかな?
悪い心はとけるかな?





僕の願いは周りの人間を幸せにすることだ。
いや、人間だけじゃない、生きとし生ける全ての命に幸せを。
でも全員は無理だ、まず身近な人を幸せにするんだ。

だから僕は今日も彼を温めてあげる。
だけど温めてあげるのは体じゃない、心の方だ。

早く暖かくなって優しい心を取り戻して欲しい。
どんなことも僕はそれまでずっと我慢するから。
  

君が幸せになるまで共にいることを誓うから。






{温もりを求めた星}

俺には肉親が一人しかいない。
でも大丈夫、厳しいけど優しいばあちゃんがいるから。
父ちゃんも母ちゃんもいないけど、ばあちゃんがいるから。

それに俺には大好きな奴がいる。
ちょっとすかした奴だけど
なにかと説教する奴だけど
かけがえのない大親友がいるんだ。

ずっと友達でいようって指切りした
あの日を俺は忘れない。
小指を絡めたあの温もりを忘れない。

だから寂しいなんて言っちゃいけない、
世の中にはもっと寂しい人がいるから





小さい頃ばあちゃんに聞いたお話。
目も耳も言葉も不自由な可哀想な少女の話。
彼女は人の何倍も生きるのが大変で、
人の何倍も人生に楽しみがなかっただろう。
それでも彼女は生きることを諦めなかった、
そして彼女は寿命を全うして天国へ旅だった。

もしそれが俺ならどうする、俺なら?
きっと耐えられない、一刻も早く天国へ行きたい。
自分もいつかは病気でそうなるのかと
怖くて怯えた記憶がある。

でもばあちゃんは俺に、いい子にしていれば
そんな事にはならないと言ってくれた。
最初はそれを信じていい子にしていた、そう最初だけは。
年を取って教訓なんて馬鹿らしいと
鼻で笑うようになるまでは。

そして色々「勉強」をして多くを知っていく。
いい事だけでなく悪い事もだ。
悪戯したり喧嘩したりして
大人に怒られ先生に怒られ、ばあちゃんに怒られた。

でも俺は弱い奴に苛めたり悪戯したりはしない。
正しい奴を必要以上にからかったりしない。
別にカッコつけてる訳じゃない、それが当然の行いだと思うから。

年を取るごとに理解していく正しい事と悪い事。
傷つくごとに判っていく優しさと思いやり。
良い事をしても裏目に出ることなんてしょっちゅうで
たまに無意味に感じる事もある。
でも良い事をするのに見返りなんか
要求しちゃいけないんだ・・・。

ばあちゃんは言っていた、いい行いをした人間は
必ずあとで幸福を得ると。

なあ、ばあちゃんは確かにそう言ったよな?


だけど・・・今の俺はどうだ?

俺の大親友は死に、今は囚われの身だ。
おまけに耳は聞こえない、目は見えない、言葉は出せない
そのうえ匂いすらわからない。

なんで俺はこんな目に合ってるんだ?
それほどの罪を犯したのだというのだろうか?
いいや違う、これはあまりにも理不尽だ。

今俺が判るのは、周りの空気の流れと
俺を包む布の柔らかさ。
そして例えようもない孤独感。

夜だか朝だかわからない、刻む時計の針も
鳴り響く時計の鐘も、見えない、聞こえない俺にとって
全くの無意味な存在だ。

無くなって始めて判る、各器官の機能のありがたみ。

早く来てくれ、誰でもいいから早くきてくれ。
好きな奴とか嫌いな奴とか、
憎い奴とかそんなのどうでもいい。

怒りなんて、憎しみなんて、心の余裕があるから
出てくる感情だ。
今、俺の心を支配するのは例えようもない孤独と恐怖。
終わらせたくても終わらせることのできない永遠の時。

気の利いた愛の囁きなんてしなくていい、愛想笑いもしなくていい。
だって俺には見えないし聞こえないから。
それでもいい傍にいて俺に触れていてくれればいい。

誰でもいい、悪魔でも構わない、
誰か来て、そばにいて、俺に触れてくれ。

うまい食事もいらない、豪華な部屋もいらない、
温もりが欲しい、生き物の温もりが。

眠りたいのに眠れない、だって誰か来るかもしれないから。
誰か来て撫でてくれるかもしれないから。
大事な一瞬を睡眠なんかで逃したくない。
何をされたってかまわない、離れて放って
置かれるよりは遥かにましだ。

やがて俺の願いは叶う、大きな手が俺の頬に触れる。
ああ、来てくれたんだ、心の声が届いたんだ。

俺の顔を撫でている手は男のものだ、この前の手と同じだ。
俺の顔と体を触った男のものだ、感触でわかる。
今の俺に判るのは触覚だけ、他の機能が使えない分
とても敏感に感じることができる。

俺はその手をつかみ自分の頬に当てる。
ああ、なんて心地よいんだろう、誰かの温もりというものは。
でも不安になる、相手の顔が見えないから。

相手はこんな俺をどう思っているんだろう。
女々しいと思っているんだろうか?
疎ましく思ったりしていないだろうか?

涙が流れる、どうしようもない不安に。
なんて女々しい、俺は男なのに。
男が俺を抱きしめてくれてまた涙が流れる、
今度は、嬉しさと安堵の涙。

俺は男にそのあと抱かれる。
抱かれることに恐怖はない、だってこれで二度目だから。

一度目抱かれたときはすごく戸惑った。
初めてだから、恥ずかしいから、それから・・色々な意味で。

そしてあいつが立ち去った後再び恐怖を覚える。
今ので嫌われたのかと、もう戻ってこないのかと。
だって相手の言葉も顔も判らない、俺がどうしていいのかも。

でも二度目が来てくれた、俺を抱いてくれた。
嫌なら抱かない、そう信じていいんだよな?
でも終わった後、また不安に駆られてしまう、
これで最後だったらどうしようかと。
三度目でも四度目でもきっと不安になるだろう。

もうダメだ、もう耐えられない。

俺はあいつの背中に張り付き、自分の願いを書く。
三重苦の少女がとれた唯一のコミュニケーション。
感覚を少しでもいいから返してほしいと願う。
絶対にここから逃げないという条件で。

男は俺に返事を書く、
大事なものを引き換えにするならいいと書いてきた。

大事なものって何だろう。
体の一部かと聞いたら違うと答えた。
聴力か視力のような器官かと聞いたら違うと答えた。
まさかと思ってばあちゃんの事を聞いたら
これも違うと答えた。

じゃあ何だろう、迷っていると男は俺を急かす。
これ以上の時間は取れない、またしばらく留守にすると。

またいなくなるの?またずっと待つの?
時間が分からない今、俺には果てしなく感じるのに。
また長い時間孤独と戦わなければいけないの?

いやだいやだいやだ。
もういい、どうなってもかまうもんか。
俺は男の要求をのむ。
だってありえない、これ以上の不幸はありえないから。
男は指切りをしようと俺に小指を押し付ける。
俺は小指を絡めようとしてハッと思い出す。

「俺たちの友情は永遠だ。」

そう言って小指を絡めたあいつはどうなった?
思い出せ、アイツは誰に殺されたんだ? 
アイツが死んだのはこいつのせいじゃないのか。

俺がこうなったのはどうしてなんだ?
こいつを許せなくて受け入れなかったせいだ。

じゃあ俺のすべきことは何だ?
決まっている、俺は抗わなければいけないんだ。

でも・・・抗って何が変わる?
俺の物語に終わりなんてない。
永遠に続く悲話がまっているだけ。
永遠に続く恐怖が待っているだけ。
その悲劇の主人公は他の誰でもない俺自身だ。

・・・・・・・・・。

ごめん・・・俺にはこれしか方法がないみたいだ。
死んで詫びればいいけれど、こいつを倒せればいいけれど
いまのままの俺にはそれは叶わないことなんだ。

どうか俺を許してくれ。
どうしても許さないというのなら
お前が代わりに俺を抱きしめてくれ、俺の傍にいてくれ
おれを支えてくれ、ずっとずっとずっと!

体がないというのなら、俺の心にいつも語り掛けてくれ。
俺を励ましてくれ、それだけでもいいから!

・・・・でも、お前は出来ないだろ?

それにお前をこの世に留まらせておきたくない。
ばあちゃんがいっていた、
天国に行けない魂はとても苦しいのだと。

・・・だからごめん、俺はこいつと指切りをする。
俺は一生悔いを背負って生きていくよ。
お前の事は忘れない、だからもう許してくれ。
そして俺は男と契約を交わす。
途端に意識が、遠くなっていく。




ボンボンと鐘が鳴る、ああ、二時かな?
いい匂いがする、今日はシチューだな。
コンコンと扉を叩く音がする、誰か来た何の用だろう。
  





俺には身内はいない、遠い昔に死んだんだって。
俺には友達はいない、やっぱり遠い昔に死んだから。
俺たちは気が遠くなるような昔々の人間で
いままでずっと長い間眠っていたんだって。
身内も友達も思い出せないのは、余りにも
古い記憶だからなんだって。

友達も身内もいないけど俺は別に寂しくないよ。
だって俺には大好きな奴がいる。
俺よりうんとうんと年上でミステリアスな若い男。
俺の傍にいつもいて、昔話をしてくれる。

俺にたくさんの事を教えてくれて
俺をたくさん愛してくれる。

今度仲間を紹介してくれるって。
やっぱりうんと年上の奴らだけど、
あいつの友達ならきっといい奴だ。

だって俺はあいつを信じているから。
あいつは俺を愛してくれているから。

だから俺は決めたんだ。
何があってもあいつを信じるって
まわりがなんと言おうが、俺はあいつを信じるって

俺は自分の小指を見つめる、
そしてあいつの指の温もりを思い出す。
  


指きりしたんだ・・・永遠に傍にいるって。







{温もりを拒んだ星}

ある日俺は動物の特集を見ていた。
辺境の地に住むトカゲの特集だ。
その地には食べ物が少なく
そのトカゲが食えるものは棘だらけのサボテンだけ。
だがそのサボテンの背は高く、小さなトカゲは届かない。
もちろんトカゲはよじ登ることはできない。
ただひたすら待つ、サボテンが落ちてくるのを。

  



俺は群れるのが嫌いだ。
群れられるのも嫌いだ。
興味があるからと勝手に傍により
他に「いいもの」が現れたからと勝手に離れていく。


何かが違うからと勝手に離れていく。


俺に気安く近づく奴はみんな俺の事を知らない奴ばかり。
俺は流行りの服じゃない。
俺は護身の武器じゃない。
見せびらかして自慢する為だけに異性は近づき
虎の威を借りたいだけに同性は近づく。
俺の気持ちなんてお構いなしに、
己の満足や欲望を満たすためだけに。

強そう、素敵、かっこいい。
中身は何か知ろうともせず、上辺だけ見て手に入れたがる。

冗談じゃない、俺は物なんかじゃない。
俺は生き物だ、俺には意思がある。

だから俺は棘を立てる。
棘を立てて俺は威嚇をする。
嫌な思いをしたくなければ容易に俺に近寄るな。
興味本位で深入りしなきゃ俺は何もしないと誓う。
威嚇はするが傷つけない、弱いものになら尚更だ。


俺は生きたいように生きるんだ、誰の言いなりにもならない。


・・・今思えば、なんて笑い話だろう。
言いなりにはならないなんて言っておいて
この様は何だろう。
俺はある一室に閉じ込められそこから出ることは叶わない。
狭く暗い檻の中からやっと出られたと思ったら
今度はトイレとバスルームつきのだだっ広い部屋の中。
本もテレビもなく、あるのはベットとテーブルだけだ。

あの男に囚われ、閉じ込められ、共に暮らすようになって
どの位たつんだろう。
男は夜は出かけてここにはいない。
朝になると帰ってきて、俺と共にベットに入る。
だが俺に何かをするわけでもなく、俺を枕代わりに
するようにして眠るだけ。

最初は衣服をはがされ、両手を固定され
最悪の事態を覚悟した。
今から俺は「食われる」、そう思い目を閉じた。

だがあの男は何を思ったのか
俺の胸を枕にしてただ黙ってじっとしていただけだった。
俺の嫌味や憎まれ口を聞きながら、適当に返事をして
眠りにつく。

これが毎日続く。
あの男は何がそんなに楽しいのだろう。
アイツの考えていることが分からない。
俺に何を求めているのだろう。
何もしないのになんで俺を連れてきたんだ?
俺は男に尋ねる、だが男はいつも一言、

「まっているのだ。」と答えるだけ。

夜、窓は閉まっていて夜景など見えないし
娯楽と呼べるものなど何もない。
気の利かない男だ、何か用意してくれてもいいのに。

だから色々と考える。
昔の事、友の事、色々な出来事。
これからの事、チャンスの事、あの男の事。

一番考えなければならないことはあの男の事だ
あの男の弱点はなんだ?
俺は探らなければならない、もっと積極的にかつ慎重に。

俺はあの男について何も知らなすぎる。
そもそもアイツの考えが判らないなんて話にならない。
今日はもっと聞いてみよう、あの男の事を。
しつこくしつこく、あいつが俺を
煩わしく感じるようになるまで。


そしてその日から俺の質問責めがはじまった。
男はけだるそうに受け答えをする。
煩わしいからと口を塞ぐ訳でもなく
威嚇して俺を黙らそうとする訳でもなく。

答えられることだけ答え、答えられない事は俺に聞く。

「お前はどう思うのだ?」と。

俺は答えない、俺が答えることではないからだ。
だが男も絶対それに答えない。
最近じゃ他の質問を促してくるようになる。
俺がその条件をのまないと話はもう終わり、男は眠りにつく。

そしてまた夜がやってきてあいつがまたいなくなる。

日がたつにつれアイツの事が少しづつ分かってくる。
でもまだ足りない、もっともっと知る必要がある。
これは別に興味ではない、必要だから探るだけだ。
俺の為にアイツをよく知るだけだ。

どうせ時間は山ほどある。
よく考えよう、アイツの事。
アイツの行動、アイツの考え、アイツの全て。

他の事は考えない、必要なのはアイツの事だけ。

胸に残るアイツの感触、温もり、息遣い。
アイツの寝顔、アイツの声、アイツの・・・・。

これは興味じゃないんだ、必要だから。
アイツの事を知らなくてはならないから考えるんだ。

朝、いつものようにアイツは俺の胸を枕にして寝る。
もうこの行為にも慣れた、最初は不快だったが
今はこの感触がないと少し寂しいくらいだ。

どうせこのまま質問を聞きながら寝てしまうのだろう。
どうせ、都合の悪い事は聞き流すのだろう。
でも続ける、まだ終わらせない。
まだまだ知りたいことが沢山あるから。

だが今日は妙なことに、男の方から俺に質問をしてきた。
そして俺の返事は聞かないと、その手を口に当ててきた。
俺の返事も聞かないで何を理解するっていうんだ?
やっぱりこいつの考えていることは判らない。
男はそんな俺にかまわず質問を始める。

「お前は俺がいない間、何を考えている?」

俺は返事ができない、口を塞がれているから。

「俺の事だろう?違うか?」

そうだ、その通りだ、敵を知らなければいけないから。

「俺の事しか頭にないのではないか?」

男が怪しく笑う、返事がわりに心臓が跳ねる。
そうだその通りだ、でもそれは必要だからだ。
興味じゃない、必要だから、考えなければいけないからだ!

言い訳を考えれば考えるほど鼓動は速くなる。
心臓は正直だ、嘘などつけない。
男はそれを知っていたんだ。
俺の本音を聞きたかったんだ、建前だらけの言葉ではなく
心からの本音を。

「俺を知りたいんだろう?教えてやる。」

男が俺の胸から顔をあげる、そして俺を見おろす。
その顔は安らかな寝顔とはまるで違う捕食者の顔。
最初に俺を「食おう」とした、あの場面の再現をしているんだ。


この男はずっと待っていたんだ、獲物の「食べ頃」を。





トカゲは待っている、サボテンが落ちるのを。
やがてサボテンは落ちる、熟したサボテンを
トカゲはうまそうにむさぼる。
棘が生えているのも構わずにゆっくりと味わいながら。
さぞかしうまいだろう、食べたくて仕方がなかったんだから。
「よかったな」心の中からそう思った。

だけどそれはトカゲの気持ちになってであって
サボテンの気持ちになってではない。
サボテンはどう思ったんだろう、
食われて仕方ないと思うのだろうか。
それとも食われる運命に絶望を感じたんだろうか。

俺はサボテンの気持ちは判らない、
俺は植物ではないから気持ちなんて判らない。
そもそも植物に気持ちがあるのかなんて判らないから。
でも動物だったらどうだろう。
食われるのが動物だったら・・・?
そして食われるのが自分だったらどう思うのだろう。

可哀想だと思うのか、仕方ない事だと目をつぶるのか。
いや、自分が犠牲者なら可哀想とは思わないだろう、
感じるのは恐怖と諦めと絶望感だけ。


なあ、俺は今どっちなんだろう。
今から食われる俺はどっちなんだろう。
まわりから見たら俺はどういう風に見えるんだろう。

俺は可哀想なのか?

仕方ないのか?

運命だったのか? 



俺は一体誰に聞いているんだ?

俺は一体何を思えばいいんだ?

おれは一体どうすればいいんだ?



目の前の男に聞いても判らない。



これからゆっくりと味わうだけだ。
待ち望んでいたごちそうを。






宇宙を流れる星屑は導かれる。 

やがて大きな星に導かれる。

大きな星の衛星となりそばを寄り添うように回り続ける。

大きな星の終わりが近づくまで永遠に寄り添い続ける。

星屑に意思はない、逃げることは叶わない。




大きな星と共に生き、そして共に死んでいくだけ。





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