昔々「いぎりす」という国の奥深い山の中に化け物がでるという 噂があった。その化け物は夜な夜な現れては、 若い女や(好みの)男を食らうということじゃそうな。 しかしそれを見た者は誰一人としておらん。 会うた者は皆化け物に食われてしまうからなのじゃろうな。 そんな訳で、皆山に入るときはそれはそれは用心して入るのじゃった。 そんな中、ある深い山の中で ツェぺリどんというとっつぁんと、ジョナどんという若い男が 波紋っちゅう稽古の為に二人でがんばっとった。 ジョナどんは日中はそりゃあ一生懸命にがんばっとったが、 やはり夜ぐらいはゆっくりしたいでな、 食後もツェぺリどんが稽古を教えてくるんで、わざとゆっくり 飯さ食って、時間ばかせいどった。 「ツェぺリどん。夜くらいゆっくりして飯さ食おうや。」 ジョナどんはそう言って、ニコニコしながら焼き魚を 食っておった。 そんな呑気なジョナどんをみて、ツェぺリどんは咳払いを ひとつすると、童に言い聞かすように彼に注意をした。 「何を言うちょる。波紋を使いこなすようになれる為には 日々精進しなければならん。なまけとる時間なぞないぞ。 それにのう・・・。」 「うーん・・。ツェぺリどんは波紋の鬼じゃの。 でも、おら・・・もうちょっと飯さくいてぇだ・・・。」 ツェぺリどんの説教に困り顔をしながらも ジョナどんは、暖炉に並んでいる焼き魚を ちろちろとみるのじゃった。 ツェぺリどんは「仕方のない奴じゃ」といいながらも ジョナどんが食い終わるまで、いつも待ってやるのじゃった。 そんな次の日、いつものように日中は波紋の修行に精を出し 夜はゆっくりと飯を食うジョナどんと対照的に、 飯を早々と済ませ修行を続けているツェぺリどんじゃったが、 ふと、入り口に忍び寄る人の気配に気づきツェぺリどんが 尋ねる。 「誰じゃ?」 その言葉を合図に入り口の戸がすーっとあけられる。 そこには美しい顔をした、ほっかむりを被った若い男が にこにこしながらジョナどんたちに尋ねてきた。 「なにをしとる?」 若い男は顔を少し覗かせると、修行をしている ツェぺリどんに向かって尋ねた。 「おおこれか、見ての通り修行をしているのよ。」 「その修行は人と戦うためのものじゃな?」 若い男の質問に、ツェぺリどんは頷く。 その言葉をまるで合図にしたかのように 若い男は何故か先ほどよりも身を乗り出してきた。 「じゃがの・・・。」 ツェぺリどんが言葉を続けようとしてきたので 若い男の動きが再び止まった。 ツェぺリどんは若い男にその両手を見せて こう言うた。 「この手から発する波紋ちゅうもんは鬼と戦うためのものよ。 これが当たると鬼はえろう苦しいのじゃが 人間にはきかんのじゃ。どうじゃ?近くによって 見てみるか?」 「・・・・・。」 若い男はそれを見ると無表情の顔のまま すっ・・・ドアの外へと帰っていった。 「・・・妙な男じゃの・・・。」 ツェぺリどんはドアの外を眺めながら再び構えを取り直す。 ふと・・・何かを思い出したかのように大きく目を見開いた。 「・・・・まさか・・あれがディオ鬼じゃあるまいな!?」 「・・・ディオ鬼?」 首をかしげるジョナどんにツェぺリどんは大きく頷くと 判りやすいように説明をする。 「おうとも、ディオ鬼っちゅうのは、最近噂になっとる 魔物の事じゃ。若く好みの者を見つけては手当たり次第に 食らうという恐ろしい奴なのじゃよ。さらに恐ろしい事に その魔物には物理攻撃は効かん。わしが習得している この波紋だけが、唯一致命傷を与えられるものなのじゃよ。」 「へ・・・?まさか・・・あれは確かに人間じゃった。 ツェぺリどん、心配する事はなかんべぇ。」 相変わらず呑気に笑うジョナどんに呆れつつも ツェぺリどんも「そうじゃな、気のせいかな。」 と思い込むことにしたんだと。 そうしてまた朝が来て、いつものように日中は修行に励み、 夜は飯を食うジョナどんを待ちながら、ツェぺリどんは 修行に励んでおった。そんな時・・・。 「誰じゃ!?」 外の気配に気づきツェぺリどんが大声を上げる。 そこには昨夜来たほっかむりの男がまた部屋を覗いておった。 「なにをしとる?」 ほっかむりの男はまた昨夜と同じことを尋ねてきた。 何となく不思議に思いながらも、ツェぺリどんも 昨夜と同じことを答えた。 「おおこれか、見ての通り修行をしているのよ。」 「その修行は人と戦うためのものじゃな?」 若い男の質問に、ツェぺリどんは頷く。 その言葉をまるで合図にしたかのように 若い男は何故か先ほどよりも身を乗り出してきた。 「じゃがの・・・。」 ツェぺリどんが言葉を続けようとしてきたので 若い男の動きが再び止まった。 ツェぺリどんは若い男にその両手を見せて こう言うた。 「この手から発する波紋ちゅうもんは鬼と戦うためのものよ。 これが当たると鬼はえろう苦しいのじゃが 人間にはきかんのじゃ。どうじゃ?近くによって 見せたろか?」 「・・・・・。」 若い男はそれを見ると無表情の顔のまま すっ・・・ドアの外へと帰っていった。 男が帰って暫く無音のときが流れる。 何となくゾーッとしながらも二人はそのまま朝を迎えた。 そして翌日、いつものように二人で修行に励んでおったが 突然、親友からツェぺリどんへ急用の手紙が届き ツェぺリどんはすぐ山を降りなければならなくなった。 夜には戻れそうじゃが、何となく嫌な予感がした ツェぺリどんはジョナどんも一緒にどうかと誘うが 気を遣っているのか、「大丈夫じゃ、おら女子じゃねえよ?」 と何度も断ったのじゃった。 そしてジョナどんは日中は一人修行に励み、夜はいつもの様に 飯を食い酒をあおるのじゃった。 そんな中・・・・。 「なにをしとる?」 またまた昨夜の男がドアから顔を覗かせて話しかけてきた。 男はそのまま辺りを見回すと、ジョナどんに尋ねる。 「・・・今日は一人じゃな、もう一人はどうした?」 「ツェぺリどんなら友達に急に会わなくてはならなく なったとかで、山をおりただよ。もう少しかかるかもしれん。」 律儀に答えるジョナどんを見つめると、男は口元を歪めて 身を乗り出してくる。 「・・・・そうか・・おらんのじゃな?鬼を苦しめる 波紋というモンを使う者はおらんのじゃな・・?」 「・・・・あ・・・ああああ!!!」 両目が赤く光り、口から鋭い牙をのぞかせて 男が迫ってくる。このままでは食われる。 しかし修行中のジョナどんには 波紋はまだ到底使いこなせない代物じゃった。 「わああああああ!!!」 ジョナどんは食器をひっくり返し、我も忘れて 外に駆け出した。 (ディオ鬼じゃ・・ディオ鬼じゃ。ディオ鬼じゃ!!) なんということじゃろう。 まさか本当にディオ鬼じゃったとは。 ジョナどんは裸足のまま走り抜ける。 じゃが影はどんどん近づいてくる。 そしてジョナどんはとうとう足がもつれて 転んでしもうた。 「ああああ・・・あ・・・。」 金縛りにあったかのように動けなくなってしもうた ジョナどんに影が容赦なく近づいてくる。 やがてディオ鬼はジョナどんの体に覆いかぶさっていった。 翌朝ツェぺリどんは、ようやく友との用事も終え、足早に 小屋へと帰っていった。ふと、茂みの中に目をやると そこにはジョナどんのものと思われる衣服が全て 散らばっておった。ツェぺリどんは余りの悲劇に 体を震わせ閉口する。 (しもうた・・・!!だからあれほど、わしが山を降りた という事を他言するなというたのに・・・・!!) ディオ鬼はたしかにおった。 それからジョナどんの姿も、ディオ鬼の姿も見た者は おらんという。 むかしむかしの・・・「いぎりす」の山奥での話じゃ・・・。 おしまい |