「お疲れ様ー。」 「お疲れ!」 夕日でそまった広いグラウンドに若い男達の元気な声が 木霊する。ジョナサンとディオの通っている大学 での部活動が終わりを告げる合図だ。 後は、おのおのの自由な時間。シャワーを浴び そのまま帰る者もいれば、夜の街へ繰り出すものもいる。 飯を食いに行くものもいれば、「大人の遊び」を しに行く者もいる。 ジョナサン達もたまに飯を誘われる時が何度かあるが、 「大人の遊び」に誘われたのは一回きりで、再び 彼らを誘おうとは誰もしなかった。 最初は同じ男だから女に欲情くらい抱いているだろうと お節介な思いからジョナサンたちを売春宿へと 連れ出したが彼らの返事は・・・。 『女性を例え想像だけでも辱める事なんて出来ないし, 実際に辱める事なんで絶対に考えられない。 そんなこと紳士のすることじゃないから。』 そうはっきり言って、仲間の誘いを断ったのだ。それ以来 仲間たちも「大人の遊び」にだけは ジョナサンたちを誘わなくなったのだ。 「よし!これから飯でも食いに行こうぜ!」 「じゃあ俺らは女でも食いに行こうぜ!」 仲間同士のくだらない冗談に辺りがどっと笑う。 そのとき部室のドアがガチャリと開き、ディオが 笑顔で入ってくる。どうやらさっきの冗談が 彼の耳にも届いていたらしい。 下品なことをきかれてしまった連中が罰が悪そうに 取り繕いをしようとする。 「あ・・・いやその・・。」 「女を食うってういったのはこいつらだからなー。」 くだらない擦り付け合いにディオが思わず苦笑いをする。 「気にしなくていいよ。ぼくはジョジョと違って そこまで真面目じゃないから。でも「食べすぎ」には 注意しておきなよ?」 洒落のきいたジョークをディオの口から聞けたことに 仲間達がホッと胸をなでおろす。ジョナサンだったら 軽く説教が来るかもしれないからだ。 「そっか・・ならさージョジョには内緒で俺らと 女食いに行かない?」 すっかり調子に乗った仲間がディオを大人の遊びに誘うが 彼は再び苦笑いをするとそれをやんわりと断る。 「ごめん。僕はそう言うのは行かないよ。 一応ジョースター家をしょって歩いているから、 僕もジョジョも、うかつにそう言うことをすると、 それにつけこんで金を揺すってきたり する奴が一杯いるんだ。スキャンダルだけは絶対に さけなきゃならないからね。ふふふ。」 「そっかー二人は名家の坊ちゃんだもんな。俺達一般の 庶民でよかったな。」 ディオの言葉に納得すると 「大人の遊び」グループは仲間と別れを告げ そそくさと夜の街へと遊びに行った。 あとは残った仲間がディオとジョナサンを夕飯に誘うが 今日は約束があるとのことなので、結局彼らもジョナサン達は 抜きで夜の街へと出かけていった。 そして部室にはディオだけが残され、彼は誰もいなくなった 椅子に面倒くさそうに腰掛けた。意気揚々と夜の街へ 出かけていった連中達の姿を思い出して鼻を鳴らす。 (ふん・・。女なんて飽きるほど 相手にしているし・・今更・・。) 容姿端麗であり頭脳明晰な ディオにとって女性はいともたやすく手に入る存在だ。 ただ先ほど自分自身が言ったとおり、相手を選ばないと いつ弱みに付け込まれるか判らない。これから ジョースター家をのっとる予定の彼には、 そういった輩に今から気をつけておかないと 後々面倒な事になる。 抜け目のない彼はその辺はしっかり抑えつつ世間には内緒で 星の数ほどの女を相手にしてきたのだ。飛び切りの美女も あどけない純情そうな少女も全てこなしてきた彼にとって 今更女あさりなどに何の魅力も感じなくなっていた。 (俺が本当に快感を覚えるのは・・・・。) 突然背後からガチャリとドアを開ける音がする。 そこにはシャワーから浴びて綺麗になったジョナサンが 立っていた。彼の周りから石鹸の清潔そうな 香りが漂ってくる。 (強い者を征服できたときだ・・・。) ディオの視線が彼を捉える。いつものように穏やかな表情に 作られた優しい笑顔で。ジョナサンもその笑顔に答える べくディオに微笑み返しをする。 「ディオ。待たせてごめんな!さ・・今日は使用人たちの 誕生パーティーだ。思いっきり騒いで祝ってあげようよ!」 「祝うのは賛成だ。だが羽目を外しすぎるんじゃないぞ?」 「えーーー。盛り上がった方が楽しいのに・・・・。」 そんな冗談じみた会話をしながら バタンと扉を閉めると、ジョナサンはおもむろにロッカーを開け、 素早く着替えを済ませる。友を待たせているので彼なりの 気遣いだった。二人はこの後館に戻り、パーティの 準備を手伝わなくてはならない。ジョースター家では 同じ月生まれの使用人たちの誕生日を 祝ってあげる風習があるのだ。 「よし、じゃあディオは飾りつけ担当だね。」 「ジョジョはいつもと同じく味見担当かな?」 張り切っているジョナサンに水を差すような ディオの嫌味がすかさず入る。 「ひ・・酷い言い草だな・・・。僕だって料理を 運んだりする手伝いをするよ?ちょっと誘惑と 空腹に負けてしまって・・・結果的にはそうなって しまうかもしれないけど・・・・。」 意地悪を言われるが、結局その通りなので 反論できずにジョナサンはしぶしぶ その嫌味を認めてしまう。 傍から見ればほほえましい会話をしながら ディオとジョナサンは家路についた。 そしてパーティは予定通り完璧に行われ、ジョナサンも 予定通り羽目を外しすぎて自室のベットの中で寝込んでいた。 「何もかも予定通りだな。本当に何もかも。」 酔いすぎて潰れた自分に、わざと意地悪を言って苛める ディオに対してジョナサンは口を尖らせる。 「うーーん。ディオの意地悪・・・。君だって 酒を勧めたじゃないか・・・。」 「おや?俺は「もうその辺にしておけ」って とめたと思うが?」 ニヤニヤと笑いながら覗き込むディオの顔を 見ないようにするためにジョナサンは 布団を頭まで被りぶつぶつと恨み節を呟く。 「うーーん。意地悪だ〜。やっぱり君は意地悪だ・・。」 「はいはい。もう言わないよ。・・ところで、実は 部活の帰りに仲間が僕達を夕飯に誘ってくれたけど 断っておいたよ。」 その言葉にジョナサンは目の部分まで布団を 下ろすと再びディオへと視線を向ける。 「あ・・・そうだったんだ。悪いことしたな。 明日は僕からも謝っておくよ。」 「それがいいかもね。他のいつもの連中は 「女遊び」にいったけど・・・。」 「・・・・そう。」 「女遊び」と聞いて途端にジョナサンの表情が曇る。 「女遊び」をしている彼らを別に卑下しているわけではないが ジョナサンには「女遊び」をしている彼らが 到底理解は出来なかった。ただ彼らも女性に無理強いを させている訳ではないので、完全に その行為を否定することが出来ないだけで。 「・・・またそんな顔をして・・・。ジョジョは真面目だな。 でも、君の気持ちも良く判るよ。好きでもない人とそんなこと をするのは考えられないと思っているんだろうね。 。・・・でもね彼らの気持ちも 判らなくもないよ。理由はどうあれ異性と関係を持ちたいと 思うのは人の性だから。それがたとえ「快楽のみ」を 求めているとしても、それが子孫を残すための行為の きっかけになるんだから・・・。」 「・・・そ・・そうかもしれないけど・・・。」 ジョナサンも男の体の仕組みはわかる。ましてや自分も 男なのだ。だからといって「女遊び」がいいとは到底思えない。 ディオの言い方に何か引っかかりを覚えたジョナサンは 反論しようとするが、その行為を読まれてたかのように やんわり止められる。 「まって、慌てないで、君の考えを否定しているんじゃない。 人間には君のような人と「欲情」に忠実な人がいるけど どちらも悪くないってことさ。勿論相手のことも考えないで 自分の「欲情」の為に無理やり「行為」を強要するのは 悪い奴のすることだけどね。因みに俺は君と同じ考えだよ。」 同じ考えと言われ、妙に安心感を覚えたジョナサンは 起こしかけた体を再びベットに沈める。それに ディオの言い分は的を射ている。 「そっか・・・。うん、ごめんよ・・。僕らは僕ら。 彼らは彼らの考え方があるもんね・・・。」 「そうだよ。ところで・・・こんな話のついで といっちゃあなんだけど、君も僕もやっぱり 男なわけで・・・モヤモヤしてしまうことも あるだろう?そう言う時どうしているんだい? 俺も教えるから教えてくれないか?」 モヤモヤする、つまり性欲が堪ったときのことだ。 ディオは「自慰」の事を言っていると 判った途端ジョナサンは赤い顔を更に赤くした。 「え・・・っ。いや・・・あの・・・その・・。 た・・たしかにもやもやするときはあるよ。 僕も男だから。でも・・やっぱり想像だけでも 女の人を辱めるのは罪悪感があるから・・・・ そう言うときは疲れるまで運動をするね・・・。 不思議とすっきりしてもやもやが晴れていくんだ。 体も鍛えられて一石二鳥だよ。」 そういえばジョナサンはたまにがむしゃらに 「運動してくる」といって外に飛び出すときがある。 逆にそれが、「モヤモヤ」してしまった時と ディオにはばれてしまったようではあるが。 ジョナサンの瞳がディオを見つめる。 まるで「約束だよ次は君。」とそう言っているようだった。 「ははは。なるほど君らしいね。僕はね・・・ そういう時は小難しい事を頭の中で考えるんだ。 そうすることで、もやもやがどこかにすっ飛んで しまうんだ。君も何となく判るだろ?君は よく言ってるじゃないか、どうしても興奮して 眠れないときは小難しい本を読むのが一番効くって。」 「あーー判る判る・・・。って・・あれ? またなんかバカにされたような・・・。」 「飲みすぎだから、被害妄想が出て来るんだよ。 さ、早く寝た寝た。それとも俺が小難しい話でも してあげようか?」 「やっぱり、意地悪だ。いいやもう・・お休み。」 「おれは君が寝るまで暫くここにいるよ。ベットから落ちたら周りが 心配するだろうからね。地震?ってさ!」 度重なるディオの嫌味攻撃に完全に すねたジョナサンは布団を頭まで思い切り 被る。 「ぐーぐー!」 「あはははは。」 まるで子供のように不貞寝をするジョナサンの様子を見ながら ディオは部屋の明かりを消し、ろうそくに火をともす。 やがて彼の寝息が聞こえてくるのを確認すると、やりとりに 疲れたといわんばかりに溜息をつき、その顔を覗き込む。 (やれやれ真面目な聖人様の相手も疲れるな・・・。 いつ見ても平和ボケをした顔をしてやがる・・・。) 以前のディオがジョナサンに対して敵意をむき出しにしていた あの頃は彼の顔に安らぎなどなかった。 いつもディオを警戒して顔を合わすたびに表情を 強張らす。怒った顔、困った顔、悔しがる顔、 全て負の表情だけだった。 しかしディオはそんな彼を見て愉快には思うものの 何か物足りなさをいつも感じていた。 ジョナサンは見た事があるがディオは見た事がない顔。 涙を流している顔、悲しみに満ちている顔、絶望に 打ちひしがれている顔。 男にとってこれを相手に見せるのは相当な勇気がいるし 嫌いな相手になら尚更見せたくない。 本当に悔しいときと、悲しい時に出る表情。 (俺のは見た事があるくせに・・・。なあ・・ジョジョよ。 俺はいつも想像して楽しんでいるだけなんだ、お前の 泣きっ面をな・・・。お前は今でもなかなか俺に泣き顔を 見せない、心を許してないからだ。判っているんだよ。 俺のことをまだ疑ってるんだろ?) 仲直りした今でもジョナサンはディオにその顔を 見せた事がない。感動する場面でも悲しむ場面でも 彼の目の前では決して涙を流さなかった。 強さからなのかただの意地からなのかそれは判らない。 ひょっとしたらまだディオを心の中から許してない からなのかもしれない。・・・だが 以前ジョジョにした悪行の数々を思えばそれも仕方がない事で ディオもそれはなんとなく理解していた。よっぽどめでたく 出来ている人間でなければ自分だってそうするだろう。 (・・・そういえばお前に言ってなかった事があったな、 俺には自分を慰める手段がもう一つあるんだ、 それはお前だよ。お前を犯すんだよ。 泣いているお前を辱めてる所を想像するとな・・・ 凄く興奮するんだよ。驚くだろ?女を犯していることを 想像するより、ずっと良く「効く」んだよ。傍から見れば 俺は異常なのかもな。お前もきっとそう思うだろうな。 だけど構わない。一般と同じになる気はない。) ディオは何気なく自分の手を見つめる。隣にはジョナサンが 良く寝ている。強く自分の手を握り締める。ふつふつと 湧いて出てくる淫らな衝動を抑えるために。 犯したい。汚したい。この穢れていない聖人を。 想像だけではなく、この手でその体を辱めたい。 その時ジョナサンはどうするだろうか。 いつものように怒るだろうか、殴りかかるだろうか。 だが、もし「愛している。」と、うその告白をしたら? そしてジョナサンを信じ込ますことができたら? ジョナサンに対しての攻撃は、その方法が言葉であろうが 拳であろうが倍になって返ってくる。 憎しみには憎しみを、愛には愛をではないが、 ディオがジョナサンに優しく接した途端、彼も ディオに優しく接するようになったのが何よりの証拠だ。 試してみようか、それともまだ早いか。 何度も自問自答を繰り返す。 その時隣に寝ているジョナサンの顔がディオの 方へと傾く。一瞬ドキリとするが単に寝返りを 打っただけらしい。しかしその唇から聞こえてくるのは 寝息ではなく何か言葉のようだった。 余りに小さくて聞こえなかったが、その言葉を言い終わった 途端、彼のまぶたから一筋涙が流れた。 頬が紅潮しているのは多分酒のせいだ。 しかし彼の眉間は寄せられており、流した涙は嬉し涙 などではないと言う事ははっきりと判る。 「・・・・。」 また、何かを呟く。そしてもう片方の瞼からも涙を 流す。悲しい過去でも思い出しているのかも しれない。それともこれから起こる悲劇的な未来の 夢でも見ているのかもしれない。 (へぇ・・・。いい顔するじゃないか・・・。) 何時も想像だけで思い描いた表情を実際に拝めるなんて 思わなかったのだろうか、ディオ頬杖をつき ジョナサンの顔を一心に覗き込む。 少し震えているようだ。悲しみに 震えているのだろうか。 (これは・・我慢できないかもな・・・。) 抑えていた欲望が一気に噴出す。 まさかこんなに早く「モヤモヤ」してしまうとは。 皮肉にもこんな話をしたすぐ後に来るなんて。 思わず口角が上がる。そして薄暗い部屋の中 かすかに湿った音と吐息のような声が 誰に気づかれる事もなく静かに響き渡った。 やがて数分後、自分の指を綺麗に拭きながら ディオはジョナサンの顔を再び覗く。 その顔には涙の跡はあるものの、悲しい夢は もう見ていないのか安らかな顔をしていた。 (なんだ、もう終わっちゃったのか・・・。まあ 俺は十分楽しめたからいいけど・・。) そんなことを思いながら自分の指を見つめる。 それは既に綺麗になっていて先ほど汚した跡など どこにも見当たらなかった。 (本当はこの汚れた指をお前の口に突っ込んで やりたかったんだがな・・。) いや、涙に濡れた顔にべったりとつけて やってもいいかもしれない。 どちらもいい。想像するとたまらなく興奮する。 (ほら・・・また興奮してきた。お前は俺を 煽るのが本当に上手いんだ・・・。 なあ・・早く俺の手で泣かされてみてくれないか? どんな理由でもいい、俺のせいで泣いてくれれば。 ああ・・早く強くなりたいよ。お前が俺に敵わなく なるくらいに・・・。その時俺はお前を ねじ伏せられる。ただ・・・。) ただ、どうすれば自分は満足できるのだろうか。 偽りの「愛」でその身も心も奪うのか、 それとも有無を言わさぬ「力」で奪うのか。 どっちがいいのだろう。 どっちが興奮するだろう。 どっちが満足できるのだろう。 とにかく今はまだ無理だ。 そのときまでゆっくり考えよう。 (それまで想像でするしかないのか・・・。) 皮肉っぽい笑みを浮かべながらディオは ジョナサンの部屋を後にした。 ジョナサンの泣き顔を脳裏に焼き付かせながら。 そして月日は流れ、ディオは「力」を手に入れる。だが ディオとジョナサンは完全に「敵対」するようになって 今この時も戦いが繰り広げられている。 だがそれでもディオはいまだに迷っている。 どうしたらジョナサンを手に入れられるだろうか。 心も体も支配できるだろうか。 偽りの「愛」か、敵わない「力」か。 どうしたら彼を征服できるだろうか。 どっちにすれば俺は満足できるのだろうか。 終 |