二つ並ぶ色違いのボタン。当たりを押さなければ外には出られず、
外れを押せば恐ろしい事が待っている。 勿論どちらが正解だなんて判らない、しかし考えている時間はない。 勇気を出してどちらか一つのボタンを押す。 しかし無情にも鳴り響く警告音。 必死にボタンを直そうとするも、もうもどらない。 彼は一体これからどうなってしまうのだろうか・・・。 つづく 一瞬画面が暗転すると、すぐに真面目そうな男が画面に映し出され 小難しい事をペラペラと話し始める。 どうやらニュースに切り替わったらしい。 再び、カチャカチャと音を鳴らしながら残りのランチを食べ始める。 「全く・・・いっつもこうだよな!いい所で「つづく」になるんだから!」 「そりゃあ、おめー、続きを見て貰いたいからひっぱるんだよ。 連続ドラマなんだから仕方ねーじゃんか。だから俺は 映画の方が好きなんだよな、スパッと完結するから・・。」 食い入るようにテレビを見ていたナランチャとミスタがぼやき始める。 今は昼時、アジトでは四人揃ってランチを食べながらドラマを見ていた。 ただ皆が皆このドラマが見たかった訳ではなく、 ニュースに飽きたナランチャが 他に面白そうな番組がないかと探していた時に、 たまたま見つけた面白そうな ドラマをみんなで見ていただけだった。 【迫られる選択肢】 「さっきの主人公どうなっちまうんだろうな!」 ドラマなのに必死に主人公の行く末を心配している ナランチャにフーゴが水を差す。 「彼は有名な俳優だ、どうせ死ぬことにはならないだろう。」 「俺はさ、そんな事より主人公たちの四角関係が気になったね。 みんな好きな奴には好かれねーで、興味のない奴に好かれる。 ありゃ―絶対後々ドロドロしてくるぜ?」 「意外と性格悪いな、お前。」 変な所に興味を持ったミスタをアバッキオはからかいながら 外の様子に何気なく気を払う。 ポルポの財産を狙うべく動き出した今、 自分たちの邪魔をする敵が一気に増えた。 ジョルノとブチャラティが外を見張っているからひとまず安心だが、 隙をついて狙われることだってあるかもしれない。 そしてようやく全員のランチが終わった頃に ブチャラティとジョルノが戻ってくる。 「お疲れさん!」 ミスタのねぎらいの言葉に、ブチャラティが手を挙げてそれに応える。 どうやら外では何も異変はなかったらしい。 彼らはこれから遅いランチだ、代わりに誰かを 見張りに立てなければならない。 お互いに顔を見合わせていると、何を思ったかナランチャが カフェオレを追加で頼む。 「俺、次の次でいい、ミスタかフーゴかアバッキオが組んで行ってくれ。」 「何ナマ言ってんだ?年功序列って言葉を知らねーのか?」 年下のナランチャの偉そうな言い方が気に入らなかったのか アバッキオがきつく睨む。 ナランチャも負けじと睨み返すが、その視線は 何故かアバッキオだけじゃなくジョルノにも向けられていた。 「相変わらず馬鹿な奴だ、年も数えられなくなったのか?」 いつまでもテーブルにへばりついて動かない ナランチャをフーゴが茶化す。 するとナランチャはジョルノをあからさまに指差し、 フーゴに食い下がった。 「じゃあ何で一番下のジョルノとリーダーのブチャラティが 見張りに行ったんだよ! 年功序列が基本ならジョルノとフーゴが行くべきだろ!?」 「年齢関係なく、一番ガキっぽいのはお前だろ! お前に言われるとなんかムカつくが ジョルノの次に若いのは確かに僕だ、だが僕の次に若いのはお前だ。 だからお前と僕が次の見張り当番だ!判ったか!」 「だから俺はまだ、飲みたいもんがあんだ!! お前とミスタが代わりに行ってくれよ!気が利かねー奴だな!」 「なんだと!お前いつからそんな偉い立場になったんだ!」 小さなことでこのメンバーが大喧嘩することはよくあることだ。 しかし今日のは少し異常を感じる気がする。 さっきからどちらも引き下がらない、フーゴとナランチャに ジョルノはいつもと違う何かを感じながらも成り行きを見守る。 「いい加減にしろ!お前ら、くだらない事で!」 とうとう耐えきれなくなったブチャラティがテーブルを叩き一喝する。 いきなりのブチャラティの叱咤にナランチャは黙るが フーゴの方はどうにも収まらないらしく、強引にナランチャの腕を引っ張る。 「いいから来い!これは義務だ!ブチャラティ!そうですよね!?」 「義務付ける気はないが、そうしてもらえればありがたい。」 「えーーーー・・ブチャラティが言うなら・・判ったよ。」 ブチャラティの意向にナランチャは渋々納得するも、 再び憎悪に似た視線をこちらに向ける。 その視線はブチャラティの傍にいるジョルノと まるで他人事のようにワインを飲んでいるアバッキオに向けていた。 そして騒ぎの元は消え、静かで穏やかな空間があたりを包む。 しかしジョルノの心中は穏やかではない。 今日は何かが違う、みんな何かがおかしい。 あの二人から感じたどす黒い「憎悪」。 あの二人もおかしいが、気づいていない皆も変だ。 ひょっとしたら、敵がすでに近くに潜んでいて、スタンドでも使って 罠に陥れようとしているのではないだろうか。 早速そのことをブチャラティに相談しようとした矢先、 アバッキオに邪魔される。 「さっきから何で何も食わねーんだよ、早く食って 外の見回りにでも行ってきな。」 アバッキオの指摘通りジョルノはさっきから何も口にしていない。 さっきからの異変が気になって食べ物など喉を通らないのだ。 しかし自分は昼食をたべる為ここに戻ってきた、 食欲がわかなくても食べなくてはならない。 相変わらずジョルノにはきつく当たるアバッキオを、 ブチャラティはすかさずたしなめる。 「急かすな、アバッキオ。人にはペースというものがある。」 「うるせー・・。お前はいつからジョルノの保護者になったんだ? 下っ端って―のはな、誰よりも働いて認めて 貰わなければならねーんだ。 甘えている立場じゃねーんじゃねーの?」 意地悪な物言いをするが、確かに世の中はそういうものかもしれない。 いつもの彼らしい物言いだと納得しながらも、やはり何か違和感を感じる。 自分を睨みつける目がいつもと違い、どこか憎悪を含んでいる。 再び気まずい雰囲気になろうとした所に、さっきまで フーゴとナランチャの喧嘩には無関心だった ミスタがフォローを入れてくれる。 「誰かさんが睨んでいるからうまい飯もマズく感じて進まないんだよな? アバッキオ、暇なら買い出しでも行ってくれば?」 「その言葉、おめーにそのまま返すぜ?」 「一人じゃつまんねーし、行くんならジョルノと一緒に行きてーな。」 「はん・・・ウゼェ奴だぜ、聞いたかよジョルノ。 とっとと食ってミスタと外行きな。」 ミスタは一応ジョルノの味方をしているようだが、 結局せかされていることには変わりないようだ。 無理やりパンを口に頬張りスープで流し込む。 その様子に見かねたブチャラティは二人に新たな仕事を頼む。 「そういえば買って欲しいものがあったな、 すまないが二人で買ってきてくれ、いますぐ。」 「断る。」 「右に同じ。」 あっさりと二人に断られ、またもや嫌な空気がまわりを包む。 相手の出方によっては一発触発も起こりかねない雰囲気だ。 しかし、チームのリーダーであるブチャラティは冷静にそのわけを尋ねる。 「それなら理由を聞こうか?断る理由を。」 「なら逆にせかす理由を教えてもらいたいな。」 「・・・もういい判った、ジョルノと俺が行って来る。 どうせここではゆっくり飯も食えない。 外で食って買い物もついでにしてくるから お前らは好きにしろ。」 ちっとも言う事を聞かない二人にとうとう業を煮やし ブチャラティがジョルノを連れて席を立とうとすると、 それより早くアバッキオがため息と共に席を立つ。 「はいはい、邪魔もんは退散しろってね・・・。 あ、そうそう買い物は一人で十分、ミスタはいらねーよ。」 そう言いながらアバッキオはミスタに目配りし、 ミスタも彼への返事の代わりに手をひらひらと振る。 アバッキオはむっつりしてはいるものの、 ミスタに対してはいつもと変わらないようだ。 だが去り際に一瞬だが憎悪のこもった目でジョルノを睨む。 しかしそれに気付いたのは勿論ジョルノだけだった。 アバッキオが去り、再び静けさを取り戻す空間。 ミスタはいつもの彼にしては少しおかしい点はあるが、 今はいたって穏やかだ。 なぜニコニコしているのか解らないが、 頬杖を突きながらこちらを見ている。 今まで感じた異変をブチャラティに相談するのは今だろうか。 しかし今度はミスタの強い視線が気になる。 憎悪は何も感じないが、何かを訴えるような目でジョルノを見ている。 余りにも熱心に見ているので思わず自分を見つめる理由を尋ねてみる。 「何か・・・?」 「何って?」 「何か言いたいことがあるのでは?」 「・・・ここで言ってもいいなら言うけど?」 相変わらずミスタの顔は穏やかだ。 しかしその表情に少し翳りが見えるのは気のせいだろうか。 ジョルノとミスタのやり取りにブチャラティは気づかない。 やはり何かおかしい。 ミスタがいても構わない、ブチャラティに相談しよう。 しかしミスタの次の言葉がまたもやジョルノの行動の邪魔をする。 「おい、ブチャラティ。命令違反の奴みっけたぜ。」 ミスタがクイクイと窓に向かって親指を向ける。 そこには本来ならいないはずの人間の長い髪が、 窓からチラチラと見えている。 ブチャラティはいきり立つと、無言でずかずかとドアの前まで歩いていく。 怒りに任せ勢いよく扉を開けると、そこには腕を組んだままの アバッキオが静かに佇んでいた。 「俺のいう事なんてあほらしくて聞いてられないという訳か。 それとも、他に納得のいく訳でもあるというのか?」 「フーゴ達に買い物の任務を譲ってやったんだ。アイツが行きたいって 俺に頼んだからな、嘘じゃねーぜ、帰ったら聞いてみな。 ただ・・・「買い物」にどの位かかるか解らねーがな。」 どこか遠い目をしながらアバッキオがブチャラティに返事をする。 その言い方に意味深なものを感じるが、そこまで 言うなら本当の事なのだろう。 未だ険しい表情のブチャラティに対し、アバッキオは 無表情のまま応対していたが 不意に、にやりとその口元を歪ませる。 「気を利かせてやったんだよ、わかんねーのか?」 「何・・・?」 「あの二人デキてんぜ?最もフーゴの片思いだがな。 だが結局ナランチャも片思いで終わる、そしてジョルノもな。」 「一体何をいってるんだ?」 「可哀想だと思わねーか?一生懸命思っているのに 応えてやらないっていうのは・・・。 わからねーって顔してやがんな・・・なら教えてやる。 お前に惚れている奴がここには三人いるんだよ。 一人はナランチャ、一人はジョルノ、そして一人は俺だ。」 アバッキオの唐突な発言に、ブチャラティは困惑する。 この男は一体何を言いだすのだろうか。 「惚れる」とはどういうことなのだろうか。 「片思い」とはどういうことなのだろうか。 彼の言い方はまるで「恋慕」だと言っているようだ。 それが本当なら、自分はナランチャ、ジョルノ、そして目の前の男に 恋慕われているという事になる。 「え・・・・・。」 「気づかなかったのか?ナランチャなんか お前に執着しっぱなしじゃねーか。 ジョルノはお前にまだ淡い思いを寄せているだけみたいだがな。 控えめな性格のようだから想いをぶつけられないんだろうよ。 全く・・・ガキのくせにうっとうしい奴らだぜ・・・・。」 「お前・・・。」 目の前の男の顔が苦渋に歪む。 彼から感じる自分への想い、ライバルたちへの疎み、 それらが重くのしかかる。 しかし、だからと言ってすんなり受け入れる訳にはいかない。 なぜなら、心にわだかまりが残っているからだ。 そんなブチャラティの心中を察したのか、 アバッキオが少し悲しげな顔をする。 「・・・・お前は一体だれが一番好きなんだ?いや・・聞かねえ。 どうせ俺の望んでいる答えは聞けねえだろうからな。だがな 俺は引くつもりはないぜ?フーゴもミスタも同じだ。」 「ミスタ・・・?あいつが好きなのはまさか・・・。」 口には出さなかったが、ミスタが少しいつもと違うのは ブチャラティにも感じていた。 いつもの彼らしくない、他人への気遣い、そして執着。 自分以外の、つまりジョルノに対しての執着だ。 いつも自分の思いを表に出してきた男が、 今日は自分を押し殺している。 もしそれが爆発したら? 嫌な想像が脳裏をよぎり、咄嗟にブチャラティの手がドアノブを掴む。 しかし案の定、アバッキオにその手首を掴まれて阻止される。 「邪魔してやるんじゃねーよ。無粋な奴だな。 ・・・やっぱりな・・・誰が気になっているか判ったぜ。 なら尚更あの二人の邪魔をしちゃいけねーな。 ミスタはやると言ったらやる男だ、必ずものにするだろうよ。」 わざと煽るアバッキオを睨みながら、その手を振りほどこうと ブチャラティは自由な方の手で抵抗しようと試みるが その手も封じられる。 「おっと・・行かせないぜ?確かお前とジョルノの両手は使えないように 塞いじまえばスタンド能力は発動されないんだよな? 肉弾戦だけなら俺の方が有利だ、諦めるんだな。 勿論ミスタとジョルノの場合もそうだろうよ。 ちょっと・・そこまでこいや・・。サシで話がしてぇ。」 「ジョルノ・・・!」 両手を封じられ、遠くへと引きずられながら ブチャラティは小さくなる店をずっと見つめていた。 「ブチャラティ、遅いですね・・・。」 ジョルノは今だ戻らないブチャラティを気にしているせいで 相変わらず食事が進まないでいた。 「ジョルノ、おいったらおい。」 ミスタの呼びかけに気づき、顔をそちらへ向くと 何かべちょっとしたものが頬にあたる。 どうやらミスタが差し出したフォークの先に刺さっていた 料理に頬が当たったらしい。 「ありゃりゃ、ついちまった。」 「・・・僕はてっきり、わざとかと思いました。」 ずいぶん古い手をつかうものだと呆れながら、ナプキンで 頬の汚れをふき取ろうと手を伸ばす。 しかしナプキンの入れ物ごと先にミスタに取られてしまう。 「俺がとってやる。」 そうにこやかに笑うと自分に近づくミスタに そこまでしなくてもいいのにとじっとしていたジョルノだが 突然ぬめっとしたものに頬を撫でられ驚き目を丸くする。 そこには悪びれもなく笑っているミスタの顔があった。 「ほい、取れた。」 「・・・・ミスタ・・・大丈夫ですか・・?」 「大丈夫って・・?」 ミスタはジョルノの頬を舐めて汚れを取った。 別にこれが恋人同士なら驚かない、男女の関係なら尚更に。 しかし自分らは男同士だし、仲間ではあるが恋人でも何でもない。 因みにブチャラティと初体面の時に舐められたことはあるが、 嘘を見抜くために舐められただけで、その時の彼は無論他意などない。 特にミスタは同性に対してそんなことをする人間ではない筈だ。 頼まれたって嫌がるだろう、普段の彼ならば。 相変わらずミスタはジョルノを見つめている。 その瞳はやはりまっすぐで、何かを訴えたいようだ。 聞かなければならない、いいや聞かない方がいい。 自問自答を繰り返していると、ミスタがいきなりぽつぽつと話し始める。 「ブチャラティってさ・・・モテるよな・・・。」 「えっ?」 「ナランチャに惚れられ、アバッキオに惚れられ、お前に惚れられ・・。 そうだろ?お前ブチャラティが好きだよな?」 「惚れる」というキーワードに思わずドキッとする。 ミスタは一体何を言っているのだろう、惚れるとはどういう意味なのだろう。 男が男に惚れるというのはよく聞くことだ、しかしそれは憧れの様なもので 恋愛感情の様なものではない。 ミスタもきっとそのことを言っているのだろうと無理やり思い込む。 しかし無理やり思い込んでいる自分に対しどこか疑問を感じる。 ジョルノは確かにブチャラティに憧れている。 彼の人柄、生き方、器の大きさすべてに惹かれている。 ずっと追い求めていた理想の父親に似ている所が彼にはある。 ずっとジョルノを陰から見守り続けてくれた「あの人」に似ている所がある。 この人の傍になら安心して身を預けられる、今でもそう思っている。 でも、たまに自分でもわからない感情がうずまく時がある。 彼は自分をどう思っているのか、何かを期待している自分がたまにいる。 彼の為に頑張って、彼に喜んでもらいたい自分がたまにいる。 これは本当に上司を敬う純粋な気持ちなのだろうか、 判らない時がたまにある。 自分が女性ならきっと素直に思うはずだ、これは恋心だと。 「・・・沈黙は肯定と受け取っていいんだな?」 「ぼ・・僕は・・・!」 ミスタの鋭い指摘に思わず動揺してしまった事をジョルノは後悔する。 なぜ冷静に「人柄に惚れています」と言えなかったのか。 動揺してしまった事で勘のいい人間は既に気づく、 ジョルノは観念して頷いた。 「そうかもしれません・・・・。」 「なあ、お前知っている?フーゴはナランチャの事が好きだが ナランチャはブチャラティにお熱だ。 アバッキオもブチャラティに熱い思いを抱いているが ブチャラティはお前の事をよく気にかけている。 新人でまだ若いからと言っているが果たしてどうだかな。 結局全員の想いは届かないってことだよなこれって。」 頬杖をつきながらどこか他人事のように言うミスタ。 しかしブチャラティとジョルノはお互いを気にかけている。 全員が片想いというのは少し語弊ではないだろうか。 「あの・・・。」 「・・・おかしいと思ったか?ブチャラティはお前が気になって お前もブチャラティが好きだ。 自分達は片想いじゃない、 カップルとしては成立するって言いたいんだろう? ・・・・違うんだなこれが。」 ミスタは今だジョルノとの近い距離を保ったまま微動だにしない。 そして戸惑うジョルノの手首をつかみ、黒い瞳でじっと見つめる。 少し痛いくらいに掴まれ、そこから彼の本気が窺い知れるようだ。 「お前、俺だけは関係ないとでも思ったのか? 俺だっているんだよ、好きな奴が・・・・。」 「ミスタ・・・冗談ですよね・・?」 「俺の想いを冗談にすんじゃねーよ、不愉快だぜ。 俺はな、こう思うんだ。想いの強い奴が好きな奴と結ばれるべきだと。 そうすれば皆揃ってカップルが成立する、 いがみ合いもなく幸せになれる。 あぶれものはあっちゃいけねーよ、哀れじゃねーか。」 どこか悲しく笑いながらジョルノのもう片方の手に自分の手を添える。 その行為にジョルノは驚くが、何故か手をどかすことができない。 それどころか体全体に圧力がかかってしまったように重くて動かない。 しかしこれはミスタの仕業ではない。 彼のスタンドにこんな能力はないし、 何か食事に盛られたという痕跡もない。 焦るジョルノの顔色など気にせずに、ミスタがにこやかに告白をする。 「好きだぜ、割とマジでお前の事が。」 「ミスタ・・・しっかりしてください!! 貴方はどうかしています!いきなり好きだなんて言われても・・。 大体いままで僕に想いを打ち明けてくれたことがありましたか? 貴方は確かに他の人たちに比べれば気さくに話しかけてくれますし 一緒に行動する機会の多い人です。 でもそれは僕の好意を得るためにしたわけじゃないでしょう? あなたは他人の好意を得るためにわざわざ 人格を変える人じゃない筈だ。」 確かにミスタは誰よりもジョルノに声をかけるし、仕事でも よく組むことがある。 しかしミスタという人間は、おべっかを言ったり 相手に合わせる為、自分の人格を変えたりすることはしない男だ。 自分の思うがままに行動し、 例え親しい仲間でも自分との考えが合わなければ 容易に同調したりしない。 きっとこれはいつもの冗談だと思いたいが 目の前の男は真面目そのもので、その表情は少し険しくも感じる。 「俺にはきっぱり否定なんだな。ブチャラティと俺って何がそんなに違う? そりゃあアイツは冷静だし俺より大人だし、優しい。 やっぱりそこか?大人の優しいオニイサンの方が好きか!? 包容力がある大人がいいってか!ふざけんな! 二歳満たないだけじゃねーか!」 「意味が解らない!!いつものあなたに戻ってください!」 「お前俺の何が判る?・・・俺だって本音ばっかで生きちゃいねーよ。 自分が一番わかるのは自分だし、自分の正直な気持ちが判るのも自分。 嫉妬もするし、好きな奴がいりゃあ気を引きたくなる。 その気持ちがマジであればある程、なりふりなんか構ってられねーや。」 ミスタに責めるように睨まれ、ジョルノは閉口する。 このミスタやその他の仲間たちは喜怒哀楽の表現がとても正直で素直だ。 隠さない性格だからこそ理解できていると思っていた、 それぞれの個性と生き方を。 しかし所詮「理解していたつもり」だったのかもしれない、 改めて思い知らされる、人間の感情の複雑さを。 「痛い・・・!」 「・・・・悪かったな強く握っちまって・・・ なるべく力加減はしてるつもりだが。」 掴まれた手首の骨がきしむ音がしてようやくミスタが力を緩める。 その目は憐れみを含んでいるが、手を離す気は毛頭ないらしい。 「・・・でもお前、強く握っていないと逃げるだろ?」 「離してください・・・。」 「断る、逃げられたくないんでな。それにあんまり拒否されると 俺も暴力的になっちまう。・・・さて、場所変えるか・・・。 ここじゃ狭くてやりづらいし、何より外野が多すぎる。」 ジョルノの両腕を引っ張り、荒々しくミスタは席を立つ。 椅子が激しい音を立てて倒れるが、 それを聞いて駆けつけてくれる人は誰もいない。 自分を引っ張るミスタの顔がなぜか見えない、 いや、怖くて見たくないのかもしれない。 抵抗したくても、ジョルノの体は未だいう事を聞いてくれない。 「ミスタ!目を覚ましてください!・・・いや、これは夢なんだ。 悪夢を見ているのはきっと僕の方だ・・・。 僕が目を覚まさなければ・・・早く覚まさなければ・・。」 「そうだな、おまえが次に目を覚ますとき、 新しい現実が待っているわけだ。寝ているお前の隣には俺がいる。 お前はそれでようやく現実を知ることができる。 ぐっすり寝かせてやるよ、心配するな、疲れりゃあ誰だってよく寝れる。」 「起きなきゃ・・・起きなきゃ・・・起きなきゃ・・・。」 まるでうわごとのようにつぶやき、動けなくなったジョルノを担ぎあげると ミスタは薄暗い廊下を足早に歩いていく。 静まり返った薄暗い廊下には、ただただコツコツと 彼の靴音が木霊するだけだった。 「・・・ジョルノ、おいジョルノ。」 誰かの声がする、この声はミスタだろう。 そして頭に響くコツコツという音。 「・・・・はっ。」 「こんなところでうたた寝すると嫌味魔人(※アバッキオ) に見つかっちまうぜ。」 頭に当たる何かの衝撃でジョルノはようやく浅い眠りから目を覚ます。 ここは食堂で、ミスタ、ナランチャ、フーゴがランチを食べていた。 頭に当たるものの正体はどうやらスプーンで、 ミスタがさっきから面白がって小突いていたらしい。 「頭が痛い・・・。」 「嘘乙、スプーンで軽く小突いてただけなのに痛い訳あるか。」 「多分違うでしょう、うたた寝から急に目覚めると軽い頭痛や めまいがすることがよくあります。」 「それとさ、絶対って言っていいほど夢見るよな! たかが二〜三分なのに一日中寝てたのかって思うくらい長い夢!」 「浅い眠り程夢を見るからな・・・しかもたいていが悪い夢な!」 確かにフーゴの言う通り、ジョルノの頭痛はうたた寝が原因だ。 ナランチャの言う通り長い夢だったし、ミスタの言う通り悪夢だった。 夢とはいえ、あのまま覚めなかったらどんな結末が待っていたのだろう。 でも自分はどうしてこんな夢を見たのか、 今となってはもうどうでもいいことなのだがなんとなく気になる。 一生懸命考えている傍でナランチャたちが騒ぎ立てる。 「さっきの主人公どうなっちまうんだろうな!」 「どうせピンチをま逃れるに決まっている、 有名俳優だから殺しにはいかないだろう。」 「俺はそんな事より四人の関係が気になったね! 好きな奴には・・・・。」 (え・・・?) どうやらこの三人はテレビの話をしているらしい。 それよりもこの会話はどこかで聞いたことなかっただろうか。 間違いないさっき夢で見た内容にそっくりだ。 まだ夢からさめていないのだろうか? 夢と同じならば、ブチャラティとアバッキオもここに参加して・・・・。 ここにいちゃいけない気がする。 ジョルノは静かに立ちあがるとふらふらと洗面所へ向かっていった。 洗面所で顔を洗い気持ちをを入れかえるために頬を叩く。 いったい自分は何に怯えているんだろう、ただの夢のせいだというのに。 しかしどうしても気になるというのなら、夢と違う行動をすればいい。 ジョルノは買い出しでも行ってついでに気分でも変えようと 外で見張りをしているブチャラティにその買い出し役を申し出る。 特に問題はないという事なのでそのまま必要な物品を記したメモを渡され ジョルノは一人買い出しに出かける。 しかしいつの間にやらミスタが自分の後ろについて来る。 彼も何か別件で外にでも出ているのだろうか。 「ミスタも何か外に用ですか?」 「俺?俺も買い物、お前と。」 いかにも当然のように言われ「何故?」と聞きたくなるが、 それこそ本人の勝手だろう。 理由など聞いたら彼の性格からしてへそを曲げるかもしれない。 そんなジョルノの心中を察したのか判らないが、 ミスタが勝手に訳を話し始める。 「だってよ、あそこにいても飯は食っちまったし、次に待ってるのは つまらねー見張りだけだろ?俺閉じこもったり、 じっとしてんの苦手なんだよ。 そこでお前が買い出し行くって言ったから外へ行くチャンスだと思ってな。」 言いながら、周りをちらちら伺いながら歩いている。 何か見回りがてら面白いものでもないか探しているのだろう。 やっぱり自由な男だ、本当に彼らしい。 冷静で優しいブチャラティにも惹かれるが、 この男の生き様も何か惹きつけられるものがある。 そんな思いが顔に出てしまったのか、ミスタにいぶかしげに見つめられる。 「大丈夫か?お前・・・。」 自分では気付かないが表情が緩んでしまったのかもしれない。 彼は次にきっと眉をひそめてこう言うだろう、「気持ち悪い奴だな。」と。 でも、別に気にならない、その方が「彼らしい」から。 しかしジョルノの予想は見事に外れる。 「よし・・・。」 彼の口から出る、予想以外の言葉。 褒める訳でもなく、けなすわけでもなく、 何かを納得したような「よし」という言葉。 どうでもいいことなのだが、聞かずにはいられない。 「よしって・・・なんです?」 「おっ!気になるのか?」 「そりゃ・・・まあ・・・。」 彼にのせられてつい歯切れの悪い返事をしてしまうが、確かに気になる。 ミスタは相変わらずせわしなくあたりを伺いながら、 ジョルノに「よし」の意味を聞かせる。 「実はな・・・・。おっ!あそこのねーちゃん達可愛い!」 「・・・・・・やっぱり言わなくてもいいです。」 「全く真面目なんだからよ!そういう所ブチャラティにそっくり!」 呆れるジョルノにミスタは抗議しつつも先ほどの女の子たちに手を振る。 そして女の子達が見えなくなったところで、ぽつぽつと続きを話し始める。 「お前さ、ブチャラティに惹かれているだろ?」 「ミスタ・・・さっきの「よし」の意味を教えてくれるのでは?」 「やっぱり性格が少し似ているからか?フィーリングが合うって奴か?」 ミスタの相変わらずのマイペースっぷりに、 ジョルノは自分の質問は諦めて 彼の質問に素直に答えることにする。 「・・・・似ているかどうかは判りませんが、 彼の生き方には確かに惹かれています。でもそれが・・? ミスタたちだって彼の生き方に惹かれたから付いてきているんでしょう?」 夢の続きでもあるまいし、馬鹿馬鹿しいとは思いつつも 今度は慎重に言葉を選ぶ。 「まあな、理屈ではわからねーけどそうなんだろうな。 不思議だな、自分と性格は全く逆なのによ。笑わせてくれる訳でもねーし ノリがイイ訳でもない・・。あ、言っとくがこれ、お前にも当てはまるぞ。」 「・・・僕はそれに対して謝ればいいんですか?」 「嫌味じゃねーよ、話は最後まで聞け。要するに楽しい奴じゃないが いても不快じゃねーんだ。傍にいると安心するっていうの?そんな感じ。 お前とブチャラティってそこら辺が似てる、でも全く違うんだよなやっぱ。」 人を一度は落としておいて、その次はのせて、 しまいには矛盾する事を言って来る。 全く訳が分からない。 しかしミスタの口調からして、からかっているわけではないらしい。 きっとうまい言葉が見つからないのだろう。 当然ジョルノもそれだけではコメントできないので、 黙って彼の次の言葉を待つ。 「お前ってさ・・完璧のようでいて、なんか「物足りない」んだよな。 別につまんねーとか、使えねーっていう意味じゃなくてさ・・・。 なんか足してやりたいって思う気になる。」 「どういう意味です・・・?」 「・・・俺もよくわかんねーよ、こんな気持ちになったの初めてだ。 年下の弟分みたいなもんだからかな?ただ、ナランチャやフーゴには そういう気にはならないんだよな。 でもよ・・・足してやるにしても そいつの事を知らなきゃ足してやりようがないじゃんか。 その為には作ったお前じゃなく、素のお前を知らなきゃなんねえ。 さっき「よし」って言ったのは、素のお前を初めて見たから なんか嬉しくなってな、なんでだろうな・・・。」 さっきまでふざけていたミスタの顔が真面目なものに変わっていく。 普段の彼からは見たことがない神妙な面持ち。 初めて見る意外性、いつもの彼らしくない彼。 また夢だろうか?またふざけているのだろうか、それとも本心か? それに対して自分はどう応えればいい? さらりと流すか、真摯に受け止めて真面目に答えるか。 何でこんなに焦るのだろうか、たかがただの会話なのに。 ミスタの意外性を知って、彼の性格が 読めなくなってしまった事からの焦りだろうか。 それともさっきの夢のせいだろうか。 今この時だって夢か現か判らない。 「何とか言えよ。」 ずっと黙ってるせいか、ミスタに「感想」を催促される。 ミスタは何故かジョルノにその顔を見せない、これは何を意味するか。 『嬉しいです。』 『有難うございます。』 『からかわないでくださいよ。』 頭に浮かぶ三択の選択肢。 一体どれを選ぶべきだろう。 正しいボタンはどれなのだろう。 終 戻る |